新撰三十六怪撰 小町桜の精 画:月岡芳年
上掲の絵は、幕末から明治にかけて活躍した月岡芳年の『新撰三十六怪撰』36幅のうちの1幅「小町桜の精」です。
『新撰三十六怪撰』の題材はずばり“もののけ”です。この絵の縁取りの紙のぼろぼろと傷んだ感じも、最初からこのようにデザインされて描かれたものであり、“もののけ”の雰囲気を醸し出しています。
さて、この「小町桜の精」ですが、桜吹雪の舞う中にほっそりとした姿で佇みとても美しい姿です。

新撰三十六怪撰_小町桜の精(部分)画:月岡芳年
しかし、このお顔立ちが何か“もののけ”らしくないというか・・・生気がある感じがしませんか?
それは何故でしょう。
歌舞伎舞踊『積恋雪関扉』

『積恋雪関扉』画:豊原国周(都立中央図書館特別文庫室所蔵)
天明4年(1784年)11月 、江戸桐座で顔見世狂言で演じられた『積恋雪関扉』という歌舞伎舞踏の演目がありました。
あらすじは・・・
逢坂山の関で、辺り一面の雪景色の中、小町桜と呼ばれる桜の大樹が満開の花を咲かせています。先の帝の忠臣だった良峯少将宗貞が、政変に巻き込まれ今は逢坂の関の近くに隠遁しています。
そこを小野小町姫が通りかかると、関守の関兵衛が応対に出ますが、一人旅の美女を怪しみあれこれ言いがかりをつけます。宗貞が女の顔を見ると、なんと恋人の小町姫とわかり、二人は思いがけない逢瀬に涙します。
そこへ一羽の鷹が片袖をくわえて飛んできました。袖には「二子乗舟」の血文字が書かれています。
夜になり庭で関兵衛が一人で雪見酒をしながら星を占うと、今宵、桜を伐りたおし護摩木にして焚けば、大願成就との吉相が出ます。
実は関兵衛こそ、天下を狙う大伴黒主だったのです。そこで関兵衛が桜を伐ろうとすると、なぜか体がしびれて気を失ってしまいます。
するとあたりが一層暗くなり、桜の黒く太い幹の中に美しい女の姿が現れます。恐ろしいほどに美しい女は、目を覚ました関兵衛に近づき、自分は都から来た遊女の墨染(すみぞめ)という者で、関兵衛にあこがれていたといい、恋人になってくれと言うのです。

新撰三十六怪撰_小町桜の精(部分)画:月岡芳年
さて、月岡芳年が描いた『小町桜の精』ですが、関兵衛を口説いているときの表情だと思いませんか?
墨染は、実は「小町桜の精」なのです。歳月を経た桜の精は人間の姿になって都の遊女となり、宗貞の弟安貞と相愛の仲でした。安貞の死には、大伴黒主が関係していました。
墨染は安貞の仇を討とうとして関兵衛に近づいたのです。血文字の片袖を手に詰め寄る墨染に、関兵衛は大伴黒主の正体をあらわしました。墨染も、桜の花枝を手に桜の精の本性をあらわし、両者は激しく争うのでした。
この『積恋雪関扉』は歌舞伎舞踏の中でも名作といわれています。小説でも『桜の木の満開の下』という名作がありますが、特に夜の満開の桜の下は注意した方がいいかもしれませんね。
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