しかし、そんな冷や飯を食わされたのは何も貧乏人だけではなく、江戸時代の将軍たちもまた、一生涯にわたってずっと冷や飯を食い続けて来たのです。
罪人や前科者ならともかく、天下のトップに君臨する将軍なら、何でも好きなものが食べられそうなものですが、一体どういう事情によるものなのでしょうか。
■毒見が3回も!料理が出来てから、将軍の口に入るまで
……とは言っても、落語「目黒の秋刀魚」など、ステレオタイプな「お殿様」像を知っている方は既にご明察かと思いますが、その通りです。
お殿様のトップである将軍は、重要なポストであるがゆえに、万が一食あたりなどされては一大事。また、いくら天下泰平とは言え、毒殺のリスクも絶対ないとは言い切れません。
そこで、作った食事は、まず毒見の役人がじっくりと試食して、しばらく時間をおいても異常が出ないことを確認。それから初めて将軍の食卓に供されるため、どんな料理もすべて冷め切ってしまうのです。
出来ることなら、作りたてを食べたい。
「なぁんだ、そんなオチか」
そう思われるかも知れませんが、天下の徳川将軍ともなれば、ただ毒見と言ってもスケールが違います。という訳で、今回はその流れ(料理が出来てから、将軍の口に入るまで)を紹介したいと思います。
■【0:00~0:40 料理完成~第1回目の毒見まで】
まず、将軍の食べる料理は50人以上の台所役人によって10人前が作られます。10人前も作るのは「どの膳を将軍が食べるのか」直前まで分からなくすることで、後から毒を盛られるリスクを分散しているのです。
(10人前すべての膳に毒を盛ろうとすれば、当然発覚するリスクが高まる)
さて、そうして出来上がった料理の中から1人前をランダムに選び出し(所要時間:約10分)、2人の毒見役人で分け合って食べます(間違いなく、この時点が一番美味しい状態です)。
そしてしばらく(およそ四半刻≒約30分)待って、毒見役人の様子に異常が見られなければ、ひとまずこの時点で「毒を盛られた」可能性はないものとして次の段階に進みます。
■【0:40~1:30 炭火で温め直し~第2回目の毒見まで】
さて、第1回目の毒見をクリアした9人前の料理は、江戸城内の長い長い廊下をしずしずと、10分ほども運ばれるそうです。
この時点で料理が出来上がってから50分も経過しており、当然すっかり冷めてしまったので、必要な(本来は温かくあるべき)料理は炭火で炙って温め直します(所要時間:約10分)。

が、いかんせん炭火なので中までしっかり温められず、表面が乾くばかりで、水分と香りが飛んでパッサパサに。
そんな残念な状態になってしまった料理を、女性の役人が1人で1膳を食し、第2回目の毒見を実施。さっきは2人でシェアしたので、毒も半分になった(ため、異常が出なかった)可能性があり、今度は1膳丸ごと食べた場合の様子を見ます。
そして四半刻ばかり待って何事もなければ、ここでも料理に毒は盛られていないと判断。残り8人前となった料理たちは、しずしずと次の段階に進むのでした。
■【1:30~2:00 第3回目の毒見、ようやく将軍の口へ】
第2回目の毒見が終わると、すっかり時間が経って盛りつけが崩れてしまう事もあるため、ここで再点検を実施します(所要時間:約10分)。
空気中のホコリがついていないか等もしっかりチェックして、又しても長い長い江戸城内の廊下をしずしずと運ばれて(所要時間:約10分)、いよいよ将軍の座敷に到着。
やっと届いた。さぁ頂き……たいところですが、ここで3度目の毒見。

「やれやれ、やっと食べられる」
10分ほど待って小姓たちに異常がなければ「もう大丈夫」と言うことで、ようやく将軍が冷や飯にありつけるという塩梅だったそうです(残った5人前の膳は、他の役人たちが食べました)。
ここまでで実に2時間が経過しており、もう料理は冷め切ってパサパサ。味もへったくれもありゃしない、これでは「秋刀魚は目黒(≒焼きたて)に限る」と豪語するのも無理はありません。
ちなみに、これほど慎重に万全を期して食べる将軍の料理とは、一体どのようなメニューなのでしょうか。
【続く】
※参考文献:
杉浦日向子『一日江戸人』新潮文庫
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan