■前回のあらすじ

前回の記事

決死の覚悟で恋人を救出!満洲馬賊の女親分「満洲お菊」こと山本菊子の生涯【上】

幼くして身売りされた山本菊子(やまもと きくこ)は、朝鮮・満洲と流浪の青春を送り、シベリアのブラゴヴェシチェンスクにバー「オーロラ宮殿」を開業。

関東軍(日本軍)の諜報員として、酒場に出入りする色々なお客から情報収集に務める中、馬賊の頭領・孫花亭(そん かてい)に惹かれていきます。


(もう水商売から足を洗って、この人と一緒に幸せな家庭を築きたい)

そんな夢を想い描いていた菊子の元へ、急報がもたらされるのでした……。

■孫花亭の危機を知った菊子、柳葉刀をすっぱ抜く!

「何ですって!?」

孫花亭が関東軍に逮捕され、処刑されるという報せを彼の部下より聞かされた菊子は、目の前が真っ暗になる思いでした。

「処刑は明朝との事でさぁ……姐さん、相手が関東軍じゃ相手が悪い。老大(ボス。ここでは孫花亭の意)にゃ申し訳ないが、ここは諦めるしか……」

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菊子がキレる5秒前(イメージ)。

「……馬鹿おっしゃい!」

菊子はカウンターに隠しておいた柳葉刀(いわゆる青龍刀)をすっぱ抜くや店内のお客に向かって振り回し、「今夜はもう閉店だよ!お代は要らないから、みんな疾々(とっと)と帰った帰った!」と全員追い払います。

「姐さん、無茶はおよしなせぇ。この土地で関東軍に逆らったら生きては行けねぇ。第一、この店のスポンサーは関東軍じゃありやせんか……」

「お黙り!」

柳葉刀をカウンターに突き立て、菊子は啖呵を切りました。

「関東軍が何さ、お上が何さ……今までアイツらはアタシらを利用こそすれ、幸せにしてくれた事なんて、ただの一度だってなかったじゃないの。あの人を見捨てるくらいなら、一緒に殺された方がよっぽどマシさ!」

そう言って店の裏手から馬を引き出し、颯爽と跨って鞭を入れます。

「命が惜しけりゃ、お家に帰って震えてな!」

ここまで言われて引き下がっては、満洲馬賊の名が廃る……孫花亭の部下たちも仕方なく、慌てて菊子の後を追って行ったのでした。


■決死の覚悟で孫花亭を救出!その豪胆さから馬賊の女親分に

そして翌朝。

「……何か、言い残したい事はあるか」

孫花亭が刑場に引き出され、いよいよ斬首されようとしていたその時です。

「「「敵襲!敵襲ーっ!」」」

決死の覚悟で恋人を救出!満洲馬賊の女親分「満洲お菊」こと山本菊子の生涯【下】


「間に合った!」関東軍の駐屯地を襲撃、孫花亭を救出する馬賊たち(イメージ)。

ブラゴヴェシチェンスクから夜通し駆けて来た菊子の一団は、道中次々と加勢を得て百名ほどに膨れ上がり、怒涛の勢いで関東軍の駐屯地を襲撃しました。

「あんたっ!」「老大!」

防柵を突破した菊子の一団は孫花亭の元へまっしぐら、その身柄を確保するなり疾風の如く駐屯地から脱出。

「おぉ……お前たち、来てくれたのか……それに菊子まで……」

「へへ、お菊姐さんのお蔭でさぁ」

「あんた……無事で良かった……」

事の次第を聞いた孫花亭は、菊子の豪胆さを見込んで頭領の座を譲ることを申し出ました。

「えぇっ!?いいよそんなのアタシに務まらないよ……」

「いや、菊子の決断がなければ今の俺はいない訳だし、同志のために身命を擲(なげう)てる覚悟を証明できた者こそ、頭領に相応しい」

かくして菊子は満洲馬賊の女親分「満洲お菊」として名を轟かせ、孫花亭のサポートを受けながら馬賊同士の紛争を仲裁。連携強化を推進して関東軍への抵抗を繰り広げたそうです。

決死の覚悟で恋人を救出!満洲馬賊の女親分「満洲お菊」こと山本菊子の生涯【下】


「満洲お菊」の異名で活躍した山本菊子(イメージ)。

彼女の発行した「通行手形(※)」は、他の馬賊が発行する手形よりも信用が高かったそうで、その勢力の強さが窺われます。

(※)街道の通行者は馬賊に通行手形を発行してもらい、手数料を支払うことで、その通行者は身柄および荷物の安全が保障されました。

■エピローグ

その後、菊子は孫花亭と共に暮らしましたが、大正十二1923年4月にアムールの河口・ニコラエフスク(現:ニコラエフスク・ナ・アムーレ)で39歳の生涯に幕を下ろします。


海の向こうには樺太が、その向こうには祖国・日本がある……でも、それは菊子が帰るべき場所ではなく、大切な孫花亭と生きたこの大地こそが、彼女の故郷となっていた事でしょう。

又の名を「西伯利亞阿菊(シベリアお菊)」「大陸阿菊(大陸お菊)」などと親しまれる山本菊子の伝説は、現代でもシベリア・満洲の地に受け継がれています。

【完】

※参考資料
「歴史街道 2007年6月号 満州と満鉄の真実」PHP研究所、2007年
祖田浩一 監修『日本女性人名辞典』日本図書センター、1998年
渡辺龍策『馬賊 日中戦争史の側面』中公新書、1964年

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