日本神話を代表する暴れん坊と言えば、スサノオ(須佐之男命※以下、ことわりのない限り『古事記』による表記)を思い浮かべる方が多いことでしょう。

死に別れた母親に会いたいと泣き喚いては天地を揺るがし、姉に悪さを疑われては(日ごろの素行を棚に上げて)暴れ狂う乱暴ぶり。
一時は世界を闇の中に陥れる事態を惹き起こします。

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高天原きっての暴れん坊だったスサノオ。歌川國輝「本朝英雄傳 牛頭天皇 稲田姫」より。

父のイザナギ(伊邪那岐命)も姉のアマテラス(天照大御神)も匙を投げ、とうとう高天原(たかまがはら。神々の住まう天上世界)から追放されてしまいました。

行くあてもなくさまよった挙げ句、とある人里にたどり着いたスサノオは、美しい娘とその両親に出会うのですが……。

■ヤマタノオロチを倒し、クシナダヒメを妻に迎える

「皆さん、どうして泣いているのですか?」

美しい娘の前だからか、日ごろの暴れん坊ぶりはどこへやら。スサノオは紳士的に尋ねました。

「実は……かくかくしかじかでして……」

父親のアシナヅチ(足名椎命)が涙ながらに語るところでは、かつて妻テナヅチ(手名椎命)との間に八人の娘がいたのですが、ある年にヤマタノオロチ(八俣遠呂智)という山のような八つ頭の大蛇がやってきて以来、年に一人ずつ娘を生贄に求めたのです。

逆らえば村が滅ぼされてしまう……そこで両親は泣く泣く娘を差し出し続け、ついに最後のクシナダヒメ(櫛名田比売)を差し出す番になってしまったのでした。

「もうすぐオロチがやって来ます……それで悲しくて、みな泣いていたのです……」

話を聞いたスサノオは、奮い立って申し出ます。

「よろしい。
もしあなたがたが大切な娘さんを私に下さるのであれば、オロチを退治して差し上げましょう」

「大層なご自信ですが、あなた様は一体どちら様で……」

ここでスサノオが改めて名乗ると、やんごとなき天津神(あまつかみ。天上の高貴な神々)の中でも特に尊い神であると知って、アシナヅチとテナヅチは驚きました。

「そのようなお方であれば、喜んで娘を差し上げましょう。しかし、オロチはどうやって倒すのですか?」

「うむ。我に策がある……」

スサノオは両親や村人たちに頼んで八回絞った強い酒(八塩折-ヤシオリの酒)を醸させて八つの大きな甕に入れ、それをオロチに呑ませ、酔っ払ったところを斬り殺すと言う作戦です。

※参考:八塩折の酒について

シン・ゴジラ「ヤシオリ作戦」の元ネタになった「八塩折の酒」ってどんなお酒?

「これで準備は万端じゃな」

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クシナダヒメの加護を得て、ヤマタノオロチを退治するスサノオ。

戦いを前にしたスサノオは、術でクシナダヒメを櫛(くし)の姿に変えて(!?)自分の髪に挿し、十束(とつか。一束は拳ひと掴みの長さ)の剣を奮ってオロチを倒したのでした。

■クシナダヒメを櫛に変えた、スサノオの独占欲

こうして見事に勝利を収めたスサノオですが、クシナダヒメを櫛の姿に変えた理由は、いくつかの理由が考えられます。

まず、姿を変える(隠す)ことでヤマタノオロチから守ろうとしたこと、櫛にしたのは自分の髪に挿すことで紛失を防ぐと共に、女性の霊力(妹-いもの力)を得ようとしたこと、また櫛は多く竹材を使用していたため、竹の霊力(※)も期待していたのかも知れません。

(※)かつてスサノオの父イザナギが鬼女らに追われた時、櫛を投げて難を逃れた(たくさんのタケノコが生えて、それを食べている隙に逃げ延びた)故事があり、竹は縦横に繁茂する生命力としなやかな強靭さから、霊力を持つものと信じられていました。

※参考:妹(いも)の力について

日本は太陽=女性の国…神話の時代より男性を奮い立たせてきた「妹の力」とは

それに加え、櫛は婚姻関係を暗示していたとする説もあります。
両親のアシナヅチ・テナヅチという名前は、それぞれ「足をなでて育てる(あし・摩づ・ち)」「手をなでて育てる」という意味もあり、『日本書紀』では脚摩乳・手摩乳(※)などと表記されます。

(※)乳とは母乳の意味だけでなく、それを与えるなどして「育てる」意味も含まれています。

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櫛の姿に変えられ、スサノオの武運を祈ったクシナダヒメ(イメージ)。

つまり、両親が手足をなでさすって大切に育て上げた美しい愛娘を、なでる手足のない(※)櫛の姿に変えてしまうことで「お宅の娘さんを、これより我がものとする」という意思表示と解釈しているのです。

(※)手足がないと言えば蛇も手足がありませんが、アシナヅチを「足無しの神(ヅ=ツは『~の』を、チは神格を意味し、オロチのチと同じ)」、テナヅチを「手無しの神」として、彼らも蛇≒山の神であったとする説もあります。

「クシナダヒメを、ヤマタノオロチなんかにはもちろんのこと、両親にだって渡さない!もはや我だけのものなのだ!」

きっとスサノオは、生まれた時から母親を知らず(※)、ずっと満たされなかった寂しさを埋めてくれる存在として、クシナダヒメに一目ぼれしたのでしょう(ちょっとマザコン気味だったのかも知れませんね)。

(※)厳密に言うと、スサノオはイザナギが黄泉から還って禊(みそぎ。身体を清めること)で落とした鼻の垢から生まれているため、母親は存在しません。しかしスサノオは、イザナギの妻であるイザナミ(伊邪那美命。故人)を母と慕い、会いたがっていたのでした。

■エピローグ

何はともあれ、めでたく妻をめとったスサノオですが、本来の姿に戻ったクシナダヒメがあまりに美しすぎて、道ゆく誰もが恋焦がれてしまうため、新居を八重垣(やゑがき。多くの垣根)で囲い込み、人目につかないよう隠してしまいます。


【原文・古事記】夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁

【原文・日本書紀】夜句茂多菟 伊弩毛夜覇餓岐 菟磨語昧爾 夜覇餓枳都倶盧 贈廼夜覇餓岐廻

※同じ万葉仮名でも、『古事記』と『日本書紀』で違いを比べると楽しいですよね。

【読み下し】八雲(やくも)立つ 出雲八重垣(いづも やゑがき) 妻籠(つまごみ)に 八重垣作る その八重垣を

【意訳】これまで湧き起こる多くの雲を垣根がわりにしていたが、それだけでは妻の美しさを隠せない。妻が決して奪われぬよう、垣根を作るのだ……たくさんたくさん作るのだ!

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雲の多く湧き立つ出雲国。しかし、それでも妻の美しさは隠せない

これが日本で初めての和歌と言われますが、ただでさえ「とてもたくさん」を意味する八重垣を三度も繰り返す辺りに、スサノオの強烈な独占欲が察せられます。

(実際どのくらいの八重垣で囲まれていたのか、ちょっと見てみたい気もしますね)

ここまで徹底的に溺愛されて、クシナダヒメは幸せだったのか、それともいささか重さを感じていたのか、出来れば前者であって欲しいところです。

※参考文献:
蓮田善明『現代語訳 古事記』岩波現代文庫、2013年9月
宇治谷孟『全現代語訳 日本書紀(上)』講談社学術文庫、1988年6月
戸部民夫『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』新紀元社、1997年12月。
吉野裕子『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰』講談社学術文庫、2008年8月

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