「フフフ……今宵の虎徹(こてつ)は血に飢えておる……」

映画や芝居なんかでお馴染みのセリフですが、刀が血に飢える=人を斬りたがるというのは虎徹に限った話ではなく、ひとたび抜けば血を見るまで決して鞘に戻らないと言われる村正(むらまさ)など、妖刀伝説は全国各地に残っています。

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そんな中、蝦夷地(現:北海道)のアイヌたちにも妖刀伝説があるそうで、今回はアイヌに伝わる人食い刀・イペタムについて紹介したいと思います。


■刀がひとりでに……

イペタムとはアイヌ語で「食う(イペ)+刀(タム)」を意味しますが、特定の一振りを指す名前ではなく、似たようなストーリーが道内各地に伝えられているそうです。

例えばペップトコタン(現:むかわ町)という集落では、村長の家に強い魔力を持った妖刀があったそうで、盗賊(≒邪心ある者?)が近づくとカタカタと鳴りだし、ひとりでに鞘から飛び出して斬りかかり、相手を殺すとようやく戻って来たといいます。

「斬られるのがたまたま賊であるからいいものの、万が一わしらを襲って来たら……」

やがて血の味を覚えたのか、妖刀は善良な者も構わず斬りかかるようになってしまい、人食い刀として恐れられました。

血に飢えた妖刀?アイヌに伝わる妖刀伝説「人食い刀」イペタムのエピソード


小玉貞良『古代蝦夷風俗之図』

それでもしばらくは村の長老が秘術をもって人食い刀を鎮めていたのですが、その長老が亡くなってしまうと、人々は刀を蒲で編んだ筵に包んで封印します。

「ここまでしておけば近づく者もおるまいし、恐らく大丈夫じゃろう」

しかし、しばらく経つと今度は包みが不気味な光を放ちはじめ、恐ろしくなった村人たちは包みを捨てに行ったのですが、これがどうしたことか山へ捨てても川へ捨てても、ひとりでに戻って来てしまいます。

「どうしても何か斬らずにいられないなら、石と一緒に箱へ入れて閉じ込めれば、そのうち刃がボロボロになるかも知れない」

それは妙案だと試したところ、箱の中でしばらく石を削る音がしたものの、やがて石を切り刻んだ刀は箱を突き破って又しても暴れ始めました。

「こうなったら、神様にお告げを聞くしかない!」

人々が必死の思いで祈りを奉げると、神様が「底なし沼へ捨てよ」とお告げ下さったので、その通りにしたところ、ようやく人食い刀は出て来なくなったそうです。

■終わりに

血に飢えた妖刀?アイヌに伝わる妖刀伝説「人食い刀」イペタムのエピソード


様々なアイヌ刀

……といった伝承が道内各地にあるそうですが、これらの妖刀は動き出す時に全身をカタカタ言わせるのがお約束だったことから、ある晩、老婆の家宅が強盗に遭った際、目釘の緩んだ鉈を振ってカタカタ言わせたところ、

「うわぁ、人食い刀が出た!」

と恐れおののいて全員逃げて行ったというエピソードや、それでめでたしめでたしなのかと思ったら、老婆がつい

「鉈の音で逃げるなんて、とんだ臆病者じゃわい」

と口を滑らせたことから、襲撃者が再びやって来て皆殺しにされてしまった、などという残念なバリエーションもあるようです。

他にも色々あるようなので、もし北海道へ遊びに行くことがあったら、郷土資料を調べて、ご当地の「人食い刀」伝承を調べてみたいですね。

※参考文献:
萱野茂『萱野茂のアイヌ語辞典』三省堂、2002年10月
チカップ美恵子『森と大地の言い伝え』北海道新聞社、2005年2月

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