その一環として限りある資源を大切にし、紙1枚でも最大限に有効活用するべく裏紙(※)や再生紙を使っているオフィスも多いのではないでしょうか。
(※)うらがみ。片面(表)を使用した紙を、もう片面(裏)も別の用途に再利用すること。またはそのための紙。
限りある資源を大切に
私たち一人ひとりが出来ることから……しかし、こういう活動を始めると、往々にしてケチをつける手合いも出てくるものです。
「何だよ、しみったれやがって。紙くらい好きに使わせやがれ」
「そもそも『裏紙』とか『再生紙』ってネーミングからして、さもしい感じだよな」
などとブーブー文句を垂れているのを耳にしたことがありますが、それならもっと素敵なネーミングがあるので、紹介したいと思います。
■紙背文書(しはいもんじょ)
何だかキリスト教の死海文書みたいですが、紙の背(始めに文書を書いた裏側)にまた別の文書を書いて用いたもの、要するに裏紙を歴史用語でカッコよげに言っただけです。
昔は紙が貴重だったので、片方だけ使ってポイなんてもったいないことはせず、先に書いた文書を反故(ほご。ひっくり返して無効化)として、裏面も新たな文書に再利用したのでした。

事務連絡程度なら、これで大丈夫?読める?『大乗院寺社雑事記 第15冊 紙背文書』より
よく「チラシの裏にでも書いて(描いて)おけ」などと言われますが、昔からそうだったようです。
当時の人々にしてみれば大したことない内容であっても、後世の私たちにとっては貴重な史料(※)が伝わることも少なからずあり、現代の裏紙も100年後、1000年後には有難がられるかも知れませんね。
(※)反故にされるような内容なればこそ、身分の貴賤を問わず生活のリアルな情報が記録されています。
ちなみに、歴史研究における古文書(こもんじょ)とは相手に意思を伝える書面(現代なら例えば手紙や回覧板など)を指し、日記やメモ書きのような非公開が前提のものは古記録(こきろく)と呼んで区別することがあるそうです。
■漉返紙(すきかえしがみ)
さて、両面とも使ってしまった紙は、さすがに人には出せなくなります。
そうなったら今度は紙をドロドロに溶かして再び漉く(漉き返す)ことで復活させるのですが、そうした再生紙を漉返紙と呼んでいました。

イメージ
漉き返すと元の紙に書かれていた墨が水に溶けて付着するので、元の紙よりも暗い薄墨色になるため、薄墨紙(うすずみがみ)と呼ばれたほか、古いことを意味する宿紙(しゅくし)、熟紙(じゅくし)などの呼び名もあります。
また、昔は親しい人が亡くなると、その故人が書いた手紙などを紙背文書として、あるいは漉き返して写経することで供養する習慣があり、死者の魂を反(かえ)す反魂紙(はんごんし)、還魂紙(かんこんし)などとも呼ばれたそうです。
そんな紙のリサイクルは庶民のみならず朝廷においても行われており、用事が済んで不要となった大量の公文書を図書寮紙屋院(ずしょりょう かみやいん。紙の製造を担当)で漉き返したため紙屋紙(かみやがみ、こうやがみ)と呼ばれました。
(※ただし、漉き返しに限らず新品の紙でもこのように呼ばれています)
新品の紙は貴重なため、天皇陛下の命令においても略式である綸旨(りんじ)では漉返紙を用いており、そのため綸旨紙(りんじがみ)とも呼ばれています。
■終わりに
そんな紙背文書、漉き返しの文化も、紙の大量生産が可能となった江戸時代以降は衰退。往時を偲ぶ愛好家に向け、あえて新品の紙に墨を混ぜて漉いたものが薄墨紙などとして使われたそうです。

一枚、一枚、心を込めて(イメージ)
紙が潤沢に使えるようになって庶民の文化が幅広く栄えた反面、粗末に扱われるようになってしまったことも否めません。
だからこそ紙や資源の節約を「しみったれ」「せせこましい」などと感じるのでしょうが、生活になくてはならないものだからこそ、改めて感謝の思いで使いたいものです。
※参考文献:
国史大辞典編集委員会『国史大辞典』吉川弘文館、1984年1月
田中稔『中世史料論考』吉川弘文館、1993年10月
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan