要するに「インフルエンザ」には、インフルエンザウイルスとインフルエンザ菌の2種類が存在するのです。
なんでこんなにややこしいことになったでしょうか。その歴史はスペイン風邪などが関係していることがわかりました。
■スペイン風邪の原因だと思われた菌が、病気の原因ではなかった
さまざまな原因不明とされてきた病気が、細菌のせいであると判明し始めたのが19世紀後半。しかし細菌では説明が付かない症状もあり、細菌よりも小さな病原体が存在するらしいと医学界は気が付き始めました。細菌濾過器で除去されず病原性を持つため、「濾過性の病原体」と呼ばれます。しかしそれが「ウイルス」であることがのちに判明するのは、1933年のことです。
さて、1892年にロシア風邪が流行していましたが、その多数の患者の喉から未知の細菌が見つかりました。「近代細菌学の開祖」と呼ばれるロベルト・コッホの弟子であるリヒャルト・プファイファー医師が分離と培養に成功します。これを原因と考えて、インフルエンザ菌(プアイフェル氏菌)と名付けました。
(インフルエンザという言葉は、「影響」という意味のinfluenza(インフルエンツァ)というイタリア語が語源となっています。周囲や世間に影響力のある人のことをインフルエンサーと呼びますよね)
そして1918年にスペイン風邪が流行したとき、日本の細菌学の最先端・北里研究所が、スペイン風邪がインフルエンザ菌が原因であると考え、それをもとにワクチンを製造しました。
どうやら、インフルエンザ菌が原因じゃないらしいぞ…と、その後スペイン風邪の研究はすすみ、1933年にウィルソン・スミス医師らが病原体を特定します。それが初めて発見されたといわれる「ウイルス」です(ウイルスの語源はラテン語の毒液といった意味です)。
しかし、一度名付けられたインフルエンザ菌の名前を改名することはなかったため、「インフルエンザ菌」も、ウィルソン・スミス医師らが見つけた「インフルエンザウイルス」もそのまま存在することとなりました。
ちなみにインフルエンザ菌の主な症状は、小児に多く、気管支炎や中耳炎、ひどくなると肺炎などを引き起こします。
■当時の日本では「はやり病」と呼ばれる
日本では1890年に流行したロシア風邪は当時流行していた芝居にちなみ「お染かぜ(お染風)」、スペイン風邪流行時には力士の間で流行ったため「相撲風邪」などと巷間では呼ばれていましたが、正確には流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)、通称「はやり病」「はやり風」などと呼ばれていました。
当時の内務省衛生局ではマスクとうがい、予防注射と日光消毒がうたわれています。現在と特に変わりませんね。紫外線でウイルスの不活性化はさがると言われています。病院内でもスリッパなど紫外線照射の殺菌装置がありますね。
流行性感冒 内務省衛生局 編、大正11年(国立国会図書館より)

■インフルエンザウイルス、夏の間は流行ってないのに冬に流行る理由は?
ちなみに夏の間は流行らないのに冬に流行るのはなぜでしょうか?
①北半球と南半球では季節が逆になるため、日本が夏のときは冬である南半球で活動している
②シベリアやアラスカなど北極圏の湖や沼の中に潜んでいる
③本来の宿主である渡り鳥の中に共生している
などなど、複数の要因があるとのこと。
冬の季節の国から、暖かい国へと旅行者もいることから、夏風邪と思ったらインフルだということも。
参考:『一般社団法人 予防衛生協会』、MSD マニュアル、理化学研究所
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