悲劇的な最期を遂げた戦国時代の覇者である織田信長。彼の好きな食べ物を調べてみると、語り継がれているあの強烈なキャラクターとは裏腹に、意外な子供っぽさや素朴さが感じられます。
織田信長(Wikipediaより)
まず彼の好みの食べ物といえば濃い味付けの料理です。彼は京都を占領した際、三好家の料理人を捕らえて、彼が京都で一番の料理人であることを知ると、さっそく何か作るように命じます。それがおいしければ召し抱えてやろうという、いかにも信長らしい提案でした。
ところが、できた料理は京都風の上品な味付けで、信長の舌には合いませんでした。彼は激怒し、料理人を殺すように命じます。
そこで料理人はもう一度チャンスをくれと懇願し、今度は尾張や美濃国の伝統的な料理に近い、濃いめの味付けの料理を作りました。
これを信長は大絶賛し、料理人は命拾いします。こんなエピソードからも、信長は「食」に興味はあったものの、それは例えば全国各地の旨いものに広範な関心を寄せるタイプのグルメではなく、自分の慣れ親しんだ好みのものだけが食べたい、というものだったことが分かります。

日本酒と焼き味噌
彼が好んだ「味が濃い」料理としては、焼き味噌が挙げられます。ネギやショウガ、酒などを加えて練った味噌を火で炙り、湯漬け(今で言うお茶漬けのようなもの)と一緒に食べるのが好きだったとか。
■甘党の人・信長
また信長の好きな味といえば、甘いものが有名です。尾張国の名産品だった干し柿や栗などが大好物で、人目を気にせずかぶりついていました。

干し柿
また、宣教師との交流や南蛮貿易を通して得られたビスケットのようなパン(当時はビスコートと呼ばれていた)も好んでいました。これは庶民にも行き渡っていましたが、当時はこれが口に合う人は少数派だったそうです。
それに、宣教師から贈られた砂糖菓子のコンフェイト(金平糖)がお気に入りだったというのも有名な話ですね。

金平糖
ところで、お酒はどうだったのでしょうか。なんとなく、戦国武将ならお酒も豪快に飲むのではないかというイメージがありますが、宣教師のルイス・フロイスによると、信長は普段は飲酒せず、食事にも節度があったそうです。
味の好みについては個人の好みと言ってしまえばそれまでですが、フロイスの記録を読むと、信長の食生活は単に自分の好みを優先したものではなく、ある種のスタイルでもあったようです。
つまり、信長の食生活は意外と健康志向だったということです。酒を飲まず、食事も不健康な食べ方は控える。この方針は何に由来するのでしょうか?
■開かれたグルメ
実は戦国時代、多くの大名から尊敬と信頼を集めていた曲直瀬道三(まなせ・どうさん)という医師がいました。

曲直瀬道三像(Wikipediaより)
信長も彼のことを尊敬しており、正倉院に伝わる宝物を携えて、彼の屋敷を訪ねて親交を温めていたという話があります。
その道三は、著書の中でこう述べています。
「(酒は)飲み過ぎるくらいなら飲まない方がいい」
「私は月に4、5回ごちそうを食べるが、普段は粗食で肉と魚は食べないので胃腸がスッキリしている。
これだけでも現代に通じる内容ですが、他にも道三は、日本人は布団の中に入ってもあれこれ考えてしまうほど神経が張り詰めているので、不健康だから4~6時間も休んだら起きた方がいい、睡眠時間は短くてOK、ということも述べています。
信長が、道三から直接にどのような助言を受けていたかは不明ですが、どんな意外な理論でも自分が納得すれば受容する(宣教師から齎された「地球は丸い」という教えなど)信長です。尊敬する医師のアドバイスも受け入れいていたことでしょう。
よって、信長の節度ある食生活も、こうした教えに基づいていた可能性があります。
また、徳川家康などもかなりの健康志向で、食にはこだわりがあったらしく、昔から食を通したスタンダードな健康思想が存在していたことが分かります。
それに、実はかぼちゃ、スイカ、唐辛子、玉葱、じゃがいも、サツマイモ、ほうれん草、トマト、葡萄にイチジクなど、今では当たり前のように手に入る食材の多くが、この時代に海外から齎されたものでした。
さらに言えば「揚げる」という調理法も、この時代に伝来したものです。

曲直瀬道三の著書『啓迪集』の天正10年(1582年)写本(東京大学附属図書館蔵・Wikipediaより)
料理が気に入らないとコックを殺そうとする、というエピソードだけを聞くと、信長は自分の舌しか信じない傍若無人なグルメという印象を受けます。
しかし、彼の食生活について、その背景も含めて見ていくと、医師によって唱えられた健康法や、海外からもたらされた新しい食文化などの影響もしっかり受けている「開かれた」グルメだったことが分かります。
彼の食の好みは、意外なほど文化的かつ多面的だったのです。
参考資料
meiji
はじめての三国志
オリーブオイルをひとまわし
幻冬舎ゴールドオンライン
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan