♪え~び~すくい、海老すくい……♪

気が付くと、ついつい口ずさんでしまうのは筆者だけでない、と信じたい今日このごろ。

シンプルで陽気な節回しが癖になる酒井忠次(演:大森南朋)の得意技「海老すくい踊り」。
皆さんも一度くらいは口ずさんだり後ろへ跳ねたりしたことと思います。

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歌川芳虎「三河英勇伝 酒井左衛門尉忠次」

さて、大河ドラマ「どうする家康」はじめ様々な作品で知られるこの「海老すくい踊り」はどんな場面で披露されたのでしょうか。

もちろん宴会芸だから、たいてい宴席の余興としてと思われます。しかし時として徳川家康(演:松本潤)の運命を決する大一番で舞われたこともありました。

時は天正3年(1575年)5月、長篠の決戦を控えた陣中で、こんな事があったようです。

■御家の命運、このひと指しにあり!

「武田、武田が来る……」

かつて三方ヶ原の合戦(元亀3・1572年12月)で完膚なきまでに打ち破られた徳川陣営は、武田信玄(演:阿部寛)亡き後もその脅威を恐れおののいていました。

みんなも踊ってる?酒井忠次「海老すくい」が最も威力を発揮した瞬間がコチラ【どうする家康】


偉大なる父を乗り越えるべく、武威を振るった武田勝頼。歌川芳虎筆

精強な甲州兵も老練な名将たちも健在の中、家督を継いだ武田勝頼(演:眞栄田郷敦)は信玄以上の猛将とも噂されています。

「えぇい、このままでは戦さにならぬ。左衛門尉、アレを頼む!」

「アレ、にございますか?」

この沈痛な空気の中、いくら主命とは言え海老すくい踊りを舞えとは酷な話し。下手をすれば十中八九「何を呑気に踊ってやがる!」と総スカン間違いなしでしょう(忠次クラスの宿将に面と向かって批判できる者こそいなくても、威信失墜は免れません)。

とは言え、主命である以上は舞わねばならぬ。
忠次は覚悟を決めました。



「……頼む」

「ははあ……然らば」

♪ア、ソレ。え~び~すくい、海老すくい……♪

このひと指しに御家の命運がかかっている。決死の思いで舞い上げた「海老すくい」の狂言。かねてより知られた絶妙の演技がみんなの笑壺(ゑつぼ。笑いのツボ)に入り、沈鬱だった陣中に爆笑の我が広がっていきます。

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海老すくい踊りを演じる左衛門尉(イメージ)ここ一番で飄げた振舞に及ぶのもまた武勇の現れ。

♪武田は、どこにおりゃしゃあす。信玄、どこにおりゃしゃあす……♪

そうとも、あれほど恐ろしかった信玄はもうこの世にいないのだ。おまけに家督を継いだ勝頼は、強勢に驕って宿将たちとギクシャクしていると言うじゃないか。

対する我ら三河武士団は、今こうして大爆笑の渦に一致団結。数も優勢、地の利も抑えた。
きっと勝てる!

かくして徳川家臣団は士気と結束を取り戻し、勇気百倍で決戦を迎えることが出来たそうです。

■終わりに

……長篠の前竹廣村の弾正山に御陣をすえられけるに。御家人等武田の猛勢を聞おぢして。何となく思ひくしたる様を見そなはし。酒井左衛門尉忠次をめしてゑびすくひの狂言せよと命ぜらる。忠次かしこまりつと立て舞けるが。兼ての絶技なれば一座の者みなゑつぼに入て哄と笑ひ出しにより。三軍恐怖の念いつとなく一散してけり。さて本多榊原等をめし軍議せしむるにいづらも味方が原の例を引て。いと御大事なりといふ。   君むかしは信玄なり今は勝頼なるぞ。さまで心を労するに及ばずと宣ひしかば。
諸人いよいよ勇気百倍しけるとぞ。(東武談叢。)……

※『東照宮御実紀附録』巻三「長篠役酒井忠次舞海老すくひ」

以上が江戸幕府の公式記録『徳川実紀(東照宮御実紀附録)』に伝わる酒井忠次の海老すくいエピソードとなります。

残念ながら海老すくい踊りの正しい歌詞や振付は残っていないそうですが、現代でも多くの人々がオリジナルの海老すくい踊りを楽しんでいるようです。

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ちなみに、浜名湖には「海老すき漁(すきは漉きとる≒すくいとる意)」という伝統漁があるそうで、海老すくい踊りはその仕草をモチーフとしているのでしょう。

また豊漁を祈願・感謝するお神楽「恵比寿舞(ゑびすまい)」にもヒントがあるように思えます。

て 手振りよく おどる酒井の えびす舞

※設楽原をまもる会「設楽原古戦場いろはかるた」より

♪え~び~すくい、海老すくい……♪ これからも左衛門尉の絶技に注目したいですね!

※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション
『徳川四天王 戦国覇者 徳川家臣たちの忠義と死に様』英和出版社、2014年6月

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