さて、劇中で大名の小姓が太刀を持つ描写について、疑問が生じました。
「小姓が主君の太刀を担いでいるが、これはアリなのか?」
画面を見ると、井伊直政(演:板垣李光人)や森乱(演:大西利空)たちが太刀の柄(つか。握り手)を握り、鞘を肩にかけています。
結論から言えばこれは「ナシ」。小姓が主君の太刀を担ぐことは通常ありえません。
それがなぜありえないのか、ではなぜ本作において小姓が主君の太刀を担ぐという描写を採り入れたのか。今回はその辺りについて考察して参ります。時代劇を鑑賞する参考になれば幸いです。
■何のために太刀を持つのか
大名と太刀持。太刀の鞘は手垢で汚さぬよう直接触れず、袱紗に包んで持つのが望ましい。歌川豊斎筆
まず、主君の太刀を捧げ持って傍らに控える者を「太刀持ち」と言います。文字通り主君の太刀を持ち、いざ有事には主君がすぐ抜刀(敵の襲撃に防戦するなど)できるように待機する役目です。
なのに、太刀持ちが自分で太刀の柄を握っていたら、何かあっても主君がすぐに太刀を抜けません。
あえて不要なワンクッションをもうけたために、生死を分けてしまうことは十分に考えられます。
そもそも、太刀持ちが謀叛に関与している可能性だってゼロではありません。太刀持ち自身が主君の太刀で斬りかかる危険性はもちろん、主君に太刀を抜かせないだけでも十分に痛手となります。

森蘭丸(森乱)。ずっと太刀を浮かせるのは大変なので、石突(鞘の先端部)を膝の上に乗せている。
と言うと、中には「切羽詰まった状況であれば、小姓が太刀を抜いて即座に防戦せねばならないこともあるだろう」という意見があるかも知れません。
しかしそんないつ敵が襲ってくるかも分からない状況であれば、小姓に太刀を持たせるなんて気取ったことはせず、自分で太刀を帯びるでしょう。
太刀をどう持つかなんて話は、あくまで平素における儀礼の問題。有事にまで太刀の持ち方がどうこうなどと言うつもりはありません。
いずれにしても、小姓が主君の太刀を担ぐという描写はありえないと言えるでしょう。
■終わりに

劇中の様子を基に、主君の太刀を担ぐ小姓を描いてみた(服装の細部はご容赦願いたい)。
では、どうして本作においては小姓が主君の太刀を担いでいたのでしょうか。制作当局に直接確認した訳ではありませんが、以下の理由が推測されます。
(1)このポーズがカッコイイと思っている。
(2)従来の時代劇にはないポーズをとらせて、奇を衒いたかった。
このいずれか、あるいはどっちもかも知れません。新しい試みとしては興味深いものの、やはり時代劇にはそれに相応しい伝統的な所作というものがあります。
その美しさを堪能するのも時代劇の楽しみですから、斬新さの演出は他の面(史料の解釈など)で追求すべきではないでしょうか。
ともあれ、今後も重大事件が目白押しの「どうする家康」。これからも目が離せませんね!
※参考文献:
- 『NHK大河ドラマ・ガイド どうする家康 後編』NHK出版、2023年7月
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan