文字面だけを見るとなんだか恐ろしそうな名前ですが、いったいどのような薬なのでしょうか。
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■「反魂丹(はんごんたん)」とは?

薬売り
「反魂丹(はんごんたん)」とは、江戸時代に一世を風靡した薬です。その起源は江戸時代中期までさかのぼります。どのように伝わったのかについては諸説ありますが、岡山の万代常閑(まんだいじょうかん)という医者から、富山に伝えられたという説が有力です。万代常閑は、富山では「越中売薬の祖」として知られています。
反魂丹の形状は丸。どのような病気にも効く万能薬だとして知られていました。
■反魂丹を広めた人物は?
反魂丹は、名前の表記こそ多少違うものの、各地で扱われていました。ほかの表記としては「返魂丹」などがありました。しかし、富山売薬が江戸中期に全国へ薬売りの範囲を広げ、反魂丹が定着していったことを理由に、反魂丹は富山売薬の代名詞となりました。
反魂丹を全国に広めたのは、富山藩二代藩主である前田正甫(まえだまさとし)という人物。元々腹痛持ちだった彼は、家来の日比野小兵衛から反魂丹を貰い、症状が改善したことをきっかけに、城下の薬種商・松井屋源右衛門に製造を命じました。
そして、前田正甫が江戸城に行った際、具合が悪くなった他の大名に反魂丹を与え、症状が良くなったことで、その効果が他の大名たちにも知られることになりました。
■置き薬(先用後利)の歴史
「富山の薬売り」という表現を聞いたことがある方も多いと思います。富山の薬売りたちは置き薬(先用後利:せんようこうり)という販売システムを構築し、全国に薬を届けていきました。
このシステムは、お客さんは薬売りに先に薬を置いてもらい、後で使った分の代金を支払うというもの。「用を先にし利を後に」という正甫の考えが反映されています。
薬の効果が高かったことだけでなく、こうした使う人への利便性を考えたシステムが功を奏したのです。
■反魂丹の名前をモチーフにした富山銘菓も
富山の有名なお菓子に、「甘金丹(かんこんたん)」というものがあります。なめらかな舌触りのカスタードクリームを、独自の製法で作られたしっとりとした生地で包んでいます。
この名前、今までご紹介してきた反魂丹に何だか響きが似ていると思いませんか?しかも同じく富山。まさに想像のとおりで、薬の「反魂丹」の名前をモチーフに、甘くて金色の丸いものという意味で「甘金丹」という名前が付けられました。
ちなみに、富山県内で和・洋菓子・パンの製造・販売を行っている「リブラン」という会社のお菓子で、年間100万個も売れる大人気商品だとか。なお、ジャパン・フード・セレクションのグランプリも受賞しています。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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