※勘定が合わないと思われるかも知れませんが、寛政6年(1794年)には閏11月があったので、合計10ヶ月になります。
またの名を写楽斎(しゃらくさい。洒落臭いのシャレ)、江戸時代の浮世絵史に強烈なインパクトを与えながら、彗星の如く消え去ってしまいました。
謎多き浮世絵師として知られる東洲斎写楽はなぜ消えてしまったのでしょうか。今回は東洲斎写楽が消えた真相に迫りたいと思います。
■リアル過ぎて?売れなかった写楽
東洲斎写楽「中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権」
……顔のすまひのくせをよく書いたれど、その艶色を破るにいたりて役者にいまれける……これは写楽の画風を評したものですが、文中「役者にい(忌)まれける」とは、何とも穏やかではありませんね。
※作者不詳『江戸風俗惣まくり』より
かみ砕くと「あまりにリアルに描き過ぎて、イメージを損ねるため役者たちから嫌われてしまった」そうです。
……歌舞妓役者の似顔をうつせしが、あまり真を画かんとてあらぬさまにかきなさせし故、長く世に行はれず一両年に而止ム……こちらも「あまりにもありのままを描こうと、顔の特徴を強調しすぎたため、人気が出ず1~2年(足かけ2年)で終わってしまった」と評されました。
※大田南畝ら『浮世絵類考』より
およそ役者絵とは、役者を贔屓にしているファンたちがうっとりするために買うものです。
役者絵に求められているのは真実よりも魅力であり、美醜をありのままかそれ以上に強調する写楽の画風は、役者からもファンからも嫌われてしまったのでした。
写楽を売り出した蔦屋重三郎は、当初こそ「役者のリアリティを浮き彫りにするという、これまでにない斬新な趣向がウケるだろう」と期待したことでしょう。
しかし実際に売り出してみると、市場のニーズが明らかに違っていたため、撤退の決断を迫られたのかも知れません。
蔦重「ねぇ先生、この画風はどうやっても売れませんよ。
あるいは蔦重と写楽の間に葛藤や対立があった可能性も考えられます。
写楽「てやんでえ、べらぼうめ!新しいことを始めて、世の中がすぐに受け入れてくれたら苦労しねぇよ。時代が俺たちに追いつくまで続けるんだ!」
……なんて会話があったのでしょうか。
しかし蔦重は時代が追いつくまで堪え切れず、泣く泣く写楽を切り捨てたようです。
■東洲斎写楽の正体は?

東洲斎写楽「八世森田勘弥の駕篭舁鴬の治郎作」
かくして(少なくとも写楽としては)絵筆を折り、浮世絵界を去ってしまった写楽。果たしてその正体は何者だったのでしょうか。
写楽の正体については諸説あり、浮世絵史における最大の謎ともされてきました。
それが近年の研究によると、斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべゑ)であろうという説が最も有力のようです。
斎藤十郎兵衛とは阿波徳島藩に仕える能役者で、徳島藩が江戸屋敷を構える八丁堀(現代の日本橋茅場町あたり)に住んでいたと言われます。
……俗称斎藤十郎兵衛、八丁堀に住す。阿州侯(阿波徳島藩主)の能役者也……写楽の画風は勝川春章(かつかわ しゅうんしょう)・勝川春好(しゅんこう)・勝川春英(しゅんえい)・鳥居清長(とりい きよなが)・流光斎如圭(りゅうこうさい じょけい)ほか、狩野(かのう)派や曾我(そが)派などの影響を受けていました。
※斎藤月岑『増補浮世絵類考』
師弟関係があったのか、あるいは私淑していたのかも知れませんね。
写楽として約10ヶ月の期間で発表した作品数は、役者絵134枚・相撲絵7枚・武者絵2枚・役者追善絵2枚・恵比寿絵1枚のほか相撲版下絵10枚・役者版下絵9枚。
約10ヶ月≒約300日として、2日に1枚以上のハイペースで絵を描き上げたようです。あるいはかねて描き貯めていたのを一気に放出したのでしょうか。
結果はともかく、出版には並々ならぬ意欲と情熱を注いでいたことが感じられます。
■まとめ・東洲斎写楽が消えた理由は

東洲斎写楽「二世瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木と中村万世の腰元若草」
今回は謎の浮世絵師・東洲斎写楽が彗星の如く現れては消えた理由を紹介しました。
大田南畝らのコメントを見る限り「インパクトが強すぎて歌舞伎ファンに受け入れられなかった」と言えるでしょう。
しかし時代は後から追いつくもので、後世の人々そして現代を生きる私たちの記憶には、写楽の存在が強烈に焼きつけられました。
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」でもその正体が話題となっている東洲斎写楽。
ネット上ではオリジナルキャラの唐丸(渡邉斗翔)が写楽に成長するとも言われていますが、果たしてどんな展開を迎えるのでしょうか。
蔦屋重三郎を語る上で欠かせない東洲斎写楽を誰がどのように演じるのか、目が離せませんね!
※参考文献:
- 大田南畝ほか『浮世絵類考』国立国会図書館デジタルコレクション
- 川崎重恭ら編『江戸風俗惣まくり,春の紅葉 : 全三冊,江戸実情誠斎雑記. 1-4』国立国会図書館デジタルコレクション
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