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恋?それとも戦略?枕草子のやりとりを探る:歌人で美男子 藤原斉信 編
今回取り上げるのは、清少納言の夫であった橘則光も関わるエピソード。ちょっと笑える話なので、恋愛抜きにしても紹介したいおすすめの段です。
■居所を斉信には教えていなかった清少納言
「枕草子絵詞」「淑景舎、春宮に参り給ふほどのことなど」の段
紹介するのは「里にまかでたるに……」の段です。このとき、清少納言は宮中から退出して里下がり(自宅に帰っていた)していました。清少納言は自宅にまで人が訪ねてくるのは煩わしいので、多くの人に自宅の場所を教えていません。知っているのは、夫であった橘則光のほか、左中将・源経房、源済政くらいでした。
あるとき、清少納言のもとに則光がやってきていいます。
昨日宰相の中将のまゐりたまひて、「いもうとのあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。言へ」といみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよしを申ししに……(後略)宰相の中将とは斉信のことです。斉信が則光のところにやってきて、「(夫であるから)いもうと(ここでは清少納言のこと※一般には姉か妹のことだが、夫婦関係のような曖昧な立場を義兄妹のように称したとされる)の居場所を知っているだろう。言いなさい」としつこく迫ったのだといいます。
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
長く宮中から退出していた清少納言がいないのが寂しかったのでしょうか。
宮中で気の利いたやりとりができる相手がいないことが寂しいのか、はたまた「あなたに気がありますよ」というアピールなのか……。
■夫・則光との関係も見えた「ワカメ事件」
斉信はあまりにもしつこく居場所を尋ねたので、知らないと嘘をついている則光は笑いそうになって、台盤の上にあったワカメをつかんで口につっこみ、無理やり食べることでごまかしたのだ、といいます。
その場はそれでやりすごしたといいますが、後日、則光から文が届きます。
宰相の中将、御物忌に籠りたまへり。「いもうとのあり所申せ、いもうとのあり所申せ」と責めらるるに、ずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。仰せにしたがはむ」「また斉信がしつこく居場所を聞くので教えてもいいですか?もう隠し通せません」という内容です。
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
清少納言はこの返事として、文は書かずに海藻(わかめなど)を紙に包んで使者に渡したのです。要するに「そのまま黙ってなさい」という意味で贈ったものなのですが、これは則光には通じませんでした。
「妙なものを送って、何か行き違いがあったのか」という則光に、清少納言は和歌を贈ります。もともと和歌嫌いであったらしい則光とは、その後関係も悪化したんだとか。
機知にとんだ清少納言の返しに気付くこともできない則光。離婚の原因もうかがえるエピソードです。
このまま冷え切った関係のままだったかというとそんなこともなく、離婚後も友人としてやりとりはあったそうです。
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