国内の小売業で初めて売上高が10兆円を超えたセブン&アイ・ホールディングス(HD) が2023年9月1日、大きなグループ再編に踏み切った。傘下の百貨店「そごう・西武」を米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却したのだ。

しかし、グループを率いる井阪隆一社長に対する逆風は強まるばかりだ。

「『祖業』スーパー事業を守るため」切り離しは完了...多額の損失でダメージも

セブン&アイがそごう・西武を子会社化したのは2006年。コンビニ、スーパーに百貨店を加えた総合小売業を目指したものだったが、シナジー効果は発揮できず、そごう・西武は23年2月期まで4期連続で最終赤字に沈んだ。

J-CAST 会社ウォッチも「岐路に立たされる「総合小売り」の看板! セブン&アイHDが百貨店部門のそごう・西武を売却へ」(2022年2月17日付)で報じたように、セブン&アイは切り離しに動き、今回、ようやくこれが完了した。

ただ、受けたダメージは小さくない。そごう・西武の企業価値は2200億円だが、売却に当たっては有利子負債2000億円規模を差し引くなどした結果、実質8500万円にディスカウントした。

セブン&アイはさらに900億円超の貸付金を債権放棄するなど多額の損失をかぶった。

背景には、祖業であるスーパー事業の不振がある。イトーヨーカ堂は23年2月期まで3期連続で最終赤字に沈んだままだ。

ヨーカ堂の建て直しのため、セブンは2023年9月1日付で傘下の食品スーパー、ヨークとの合併を断行した。「祖業を守るためにも同じく赤字続きの百貨店事業を早期に切り離す必要があった。不振事業を二つも抱えていてはグループ全体が沈む」(セブン関係者)というわけだ。

井坂社長、「稼ぎ頭」コンビニ事業一筋で活躍...スーパー・百貨店事業の知見が少ないとも

井坂氏は2016年、グループを24年にわたって率いてきた鈴木敏文・最高経営責任者(CEO)に代わってトップに就任した。

井坂氏の出身はコンビニ事業。セブン―イレブン・ジャパン社長などとして長年、グループの「稼ぎ頭」として活躍してきたが、この経験が足かせになっている。

流通業界に詳しいアナリストはこう解説する。

井阪氏は入社以来、一貫してコンビニ部門を歩いてきた。逆から見れば、スーパーや百貨店事業に対する知見が少ない。

これが稚拙な対応を招き、多くの火種を残す結果を招いた。

象徴的なのが「そごう・西武」の売却をめぐる混乱だ。従業員や旗艦店である西武池袋本店がある東京都豊島区に十分な説明をしなかったため、売却計画に猛反発が起きた。

売却時期が2度にわたって延期されたうえ、ダメ押しとなったのが労組によるストライキの突入だ。

2023年9月1日の売却延期を求めた労組側と、これを拒否する経営側が対立。労組は売却直前の8月31日にストを構え、西武池袋本店が終日、臨時休業した。

大手百貨店でのストは1962年の阪神百貨店以来、61年ぶりだ。メディアにこぞって取り上げられ、セブン&アイは世論の厳しい批判にさらされた。

続く「物言う株主」の突き上げ...衣料品事業撤退と店舗集約で黒字転換目指す

ヨーカ堂をめぐっても厳しい立場が続く。

セブン&アイの主要株主である「物言う株主」の米投資ファンド、バリューアクト・キャピタルは5月の株主総会に向け、不振のスーパー事業の分離を要求。これを経営陣が拒否したため、井阪氏の退任を含む経営刷新案を株主提案した。

株主総会で井阪氏の退任案は退けられたものの、セブン&アイに対する株主の突き上げは続いている(2023年6月6日付会社ウォッチ「『物言う株主』と対立のセブン&アイHD、社長再任の『会社提案』で可決 だが、批判票は約3割...両社の駆け引きまだ続く?」参照)。

井阪氏は経験のない百貨店、スーパー事業で大きく味噌をつけた格好だ。

「そごう・西武」の売却は混乱の中で何とか乗り切ったが、正念場となるのは、なんといってもヨーカ堂の再建だ。

セブン&アイは不振の衣料品事業から撤退したうえで、ヨーカ堂の店舗を首都圏に集約して黒字転換を目指す方針だ。

ただ、首都圏のスーパー事業では「いなげや」「ライフコーポレーション」といった強力なライバルが待ち構えている。

業界内では「ヨーカ堂の復活は容易ではない」という見方が大勢だ。

コンビニ事業を急成長させた井阪氏は、スーパー事業でも再びその手腕を発揮できるか。

結果が伴わなければ社長の地位はおろか、グループはさらに厳しいリストラを迫られかねない。(ジャーナリスト 済田経夫)