「新井さん、半年間の準備が全て無駄になりました」
私が運営する起業支援サロン(起業18フォーラム)に、顔面蒼白で相談に来られた田中さん(仮名・43歳・都内メーカー勤務)。彼は、将来不安から副業でパーソナルジムの開業を目指していました。
コンセプト作りから名称、ロゴデザイン、そして名刺やチラシの印刷まで、全てが完了した開業直前。なんと同一の店名が既に商標登録されていることが発覚したのです。
「商標なんて、成功してから考えればいいと思っていました」
田中さんのような事例は珍しくありません。起業する人の9割以上が、商標登録を「後回し」にして痛い目に遭っています。
結論から申し上げます。起業時のブランド名や屋号は、最初から商標登録とセットで考える必要があります。「後から対処」では、時間もお金も倍以上かかるリスクを背負うことになります。
なぜ商標を軽視するのか?25年間、起業支援を続けてきた経験から痛感するのは、多くの人が知的財産を全く意識していないことです。
企業では法務部や総務部が商標管理を行うため、別の仕事をしている場合、権利の重要性を実感する機会がありません。しかし個人事業主になった瞬間、全てのリスクが自分に降りかかってきます。
商標登録を怠ることで生じる3つのリスクがあります。
第1に「全面やり直し」です。
第2に「選択肢の急減」です。 時間が経つほど、魅力的な名前は既に他社に取られている可能性が高まります。
第3に「機会損失」です。準備期間が延びることで、市場参入のタイミングを逃してしまいます。
専門家が明かす「逆転の発想」ブランド構築と知的財産支援で注目を集める「プロソラ知的財産事務所」代表の阪部正規氏は、この問題に対して興味深い解決策を提示しています。
「多くの起業家が『素敵な会社名を考えて、ロゴも作って、名刺も刷って、いざ商標登録しようとしたら、すでに同じものが商標登録されていた』という相談をしてきます。しかし私たちのアプローチは真逆です」
阪部氏が推奨するのは、従来の順序を完全に逆転させる手法です。
「先ずはブランドコンセプトを明確にします。その上で『魅力的でマーケティング効果の高いネーミング』を沢山考え、その中から『商標登録できるネーミング』を選ぶという手順です。ブランディングと商標登録を最初から一体で考えることで、後悔を防げるのです」
ネーミングを考える段階から商標登録を意識する。この「逆転の発想」こそが、起業するなら重要なポイントになってきます。
最近は、オンラインで安価に商標登録できるサービスが増えています。しかし、これには落とし穴があります。
「オンラインサービスは『既に決まっているネーミングを効率的に登録する』ことに特化していますが、事業に本当に必要な権利に抜け漏れが生じがちです」と阪部氏は警告します。
重要なのは、事業戦略に合った権利範囲を明確化することです。これは専門家でないと難しいところがあります。また、前述したとおり、ネーミング開発と法的保護を同時に進める包括的なアプローチによってマーケティング効果の高いネーミングを確実に商標登録できるのです。
今すぐできる「予防策」では、起業する際には、どんな手順で進めればよいのでしょうか。
ステップ1: 事業コンセプト構築について専門家に事前相談
ステップ2:ネーミング候補創出と商標登録可能性の並行検討
ステップ3: ブランド活用の戦略策定
ステップ4: 事業成長に応じたブランディングと権利取得
「早ければ早いほど、選択肢の幅が確保されます」と阪部氏は強調します。
「転ばぬ先の杖」で未来を守る起業時には、商標登録費用は確かに負担に感じるかもしれません。しかし、後からトラブルになって全てを作り直すコストと比較すれば、初期投資は圧倒的に安上がりです。
「小規模だから後回しでよい」と考えがちですが、後の変更が困難になる前の適切な基盤整備が不可欠です。せっかくの挑戦が商標トラブルで台無しになっては元も子もありません。
(インタビュー協力:プロソラ知的財産事務所・合同会社Prosora 阪部正規 氏)
(新井 一/起業コンサルタント)