「今年3月から4月にかけて、スウェーデンで2千400人以上が、この『SmellTracker(スメルトラッカー)』の調査に協力してくれました。すると感染者が増加していくにつれて、『匂いを感じなくなった』という回答者も増えていったのです」
そう語るのは、東京大学大学院の岡本雅子特任准教授。
いま世界で『スメルトラッカー』と名付けられたサイトが話題を集め始めている。新型コロナウイルスの症状のなかには、熱、せき、倦怠感などのほか、味覚や嗅覚の異常などもある。そのうちの嗅覚の異変を自分でチェックできるというサイトで、イスラエルのノアム・ソーベル博士が主催しているのだ。
日本での研究パートナーは、東京大学大学院農学生命科学研究科生物化学研究室の東原和成教授。ソーベル博士とは旧知の仲であり、世界的に有名な嗅覚研究の専門家だ。
今回は東原研究室のメンバーである岡本特任准教授が取材に応じてくれた。
新型コロナの発症者のうち、嗅覚障害を訴える患者はかなり多いといわれている。
「現在発表されている報告によると7割から8割と、かなり高い数値です。アメリカのペンシルベニア大学の研究では、患者の60人のうち59人が何らかの嗅覚障害を示したというデータもあります」(岡本特任准教授・以下同)
なんと98%以上! 嗅覚の異常は、新型コロナ感染の“危険信号”の1つなのだという。
「研究結果によれば、嗅覚障害はある日突然起こり、かなりはっきりとした異常が感じられます。新型コロナの場合、早期に自身の異常に気づくことが大切とされています。毎日同じ匂いを嗅いで、自分の“嗅覚の基準”を把握することにより、匂いに違和感を覚えたときに、新型コロナの感染を疑ってみるということが、スメルトラッカーの原理です」
実際に記者も試してみたが、手順は非常にシンプルだった。
(1)パソコンやスマホで登録する
パソコンやスマホで“Smell Tracker”と検索し(必ず英語で!)、サイトに入る。主催者はイスラエルの博士だが、日本語にも対応してくれる。ユーザー名やパスワードや年齢などのほか、使用する食品や調味料を5つのグループから1つずつ、全部で5つ選ぶ。
記者が選んだのは、はちみつ、オリーブオイル、わさび、醤油、歯磨き粉。自宅にあったものばかりだ。入手しやすい品が多いのは、とてもありがたい。
(2)健康や嗅覚の記録をつける
まずは、その日の体調を申告。熱・せき・疲れ・鼻水……、何か自覚症状があるときはチェックする。記者の場合は《症状なし》に、印をつけた。
次に匂いのチェック。たとえば《わさびを好きなだけ嗅いでください。スライダーに沿って赤いボールを動かして、匂いの程度を示してください》などと表示される。
《非常に不快》か《非常に快い》かでいえば、かなりツンっとするので、不快のほうへ大きく赤いボールを移動。また《非常に強い》《非常に弱い》でも、強いのほうへ大きく移動させた。
(3)診断結果を確認する
5つの品の匂いをチェックすると、診断結果が……。
記者の結果については、グラフとともに《参加者の中で、あなたの今の嗅覚は平均的です》というメッセージが表示された。グラフはグリーンとレッドに色分けされているが、記者の嗅覚ポイントはグリーンゾーンに位置している。
逆に嗅覚に異常がある際には《参加者の中で、あなたの今の嗅覚は鈍いほうです》といったメッセージが表れ、ポイントもレッドゾーン内に表示される。
(1)の登録からスタートしても所要時間は15分程度。翌日は(2)から始めたが、5分もかからなかった。手軽だが、“事前に5つの品を用意しておくのが面倒”という人がいるかもしれない。
その点について岡本特任准教授は、こう解説する。
「お酢などを嗅ぐとツンとした匂いを感じますよね。これは三叉神経が刺激されるためです。
しかし最近、嗅神経の周囲にある支持細胞のほうが、新型コロナウイルスに感染する特徴を持つことがわかったのです。この先は推測になりますが、支持細胞がウイルス感染により炎症を起こし、匂いを感じなくなるのではないかというのが最新の研究結果です」
どういった状態になったら、コロナ感染を疑うべきなのだろうか?
「さまざまな研究から、新型コロナウイルスの感染による嗅覚の障害では、匂いを弱く感じたり、匂いを感じなくなったりすることが示されています。鼻水や鼻づまりがないにもかかわらず、これまで嗅げていたものを嗅げなくなったり、匂いの強さが大幅に弱くなるという状態が数日続くようであれば、新型コロナウイルスに感染した可能性があると考えてください。現在は嗅覚の減退をチェックすることがスメルトラッカーの働きのメインとなっています。
しかしソーベル博士は、世界中から集めたデータを解析し、どんなタイミングや、どれくらいのスピードで嗅覚障害が起きたら、感染が疑われるかを判別できるようなシステムを構築していくことを考えているのだと思います」
毎日の嗅覚テストにより、感染の可能性をチェックするだけではなく、人類をコロナ禍から救うためのデータ収集にも貢献することができるようだ――。
「女性自身」2020年9月8日号 掲載