「入院できた入居者の方6名は、すべて救急搬送された方です。保健所には、何度も『うちは病院じゃないんです。
特別養護老人ホームなどがある新町光陽苑(東京都北区)の施設長、高橋三行さんは訴える。
2月7日付の毎日新聞によると、昨年12月から2月5日までに東京都内だけで103人の方が、高齢者施設で新型コロナウイルスに感染して亡くなった。その割合は増え続けていて、1月30日~2月5日までの期間内だと、亡くなった人のうち、28.6%が高齢者施設での感染。病院を抜き、死亡者の最大の感染場所になってしまった。
新町光陽苑では、19名の利用者と8人の職員が感染。4名の利用者が亡くなった(2月11日時点)。
高橋さんが経緯を振り返る。
「1月2日に職員1名が発熱、翌日に陽性が判明しました。すぐに接触があった利用者の方18名と職員19名にPCR検査を実施。5日には全員の陰性が確認できました」
新町光陽苑は、“ユニット型”と呼ばれる特養で、少人数のグループ(ユニット)ごとに、入居者には個室が用意され、決まった介護職員がつく。1月3日時点で、全4フロア100居室は、ほぼ満床。
「職員1名の陽性がわかってすぐに、ショートステイはストップ。その職員が働いていた3階フロアの共有部分は立入り禁止に、エレベーターホールも封鎖、感染エリアを担当する職員は、ほかの階の入居者や職員とは接触しないようにしました」
保健所の指導のもと、徹底的に対策を行った。感染の拡大は防げると思ったが……。
「1月6~7日にかけてほかのフロアの職員や入居者にもPCR検査を行ったところ、1月10日までに、無症状の職員1名と、入居者3名の陽性が判明しました」
さらに、発熱した別の入居者1名を救急搬送したところ、病院で陽性が確認された。陽性が判明した3名の入居者は入院できず、施設内で見守ることに。壮絶な日々の始まりだった。
■防護服を着たまま、職員は12時間勤務に
「通常、2つのユニット(約19名)を7名の介護士が担当します。ですが、濃厚接触者になった職員がごっそり自宅待機になったので、2名の職員で19名の入居者さんを担当。当然、手が足りなくなり、入居者の方に1日3食お出しすることができず、高カロリー食で栄養を維持しながら1日2食に。通常なら1週間に2回の入浴も、清拭のみにさせていただくしかありませんでした」
感染拡大を防ぐため、1日3回ほど、検温や血中酸素濃度を測り、食事や水分はとれているか、体調に変化はないかチェックする態勢も整えた。職員は、ほぼ12時間、防護服を脱ぐ暇もなくなった。
「とくに大変なのは夜間です。特養には、医師は常駐していません。看護師も日中だけなので、夜間に入居者の容体が急変した場合は、外注のコールセンターに電話してそこの看護師の指示を仰ぎます。しかし、この間はうちの常勤看護師5名がローテーションで夜間の電話を受けてくれました」
夜間の電話対応の後、日勤をこなした看護師もいたそう。
■「6リットルぶんの酸素しかないけれど……」
「陽性の方には、一日に何度も血中酸素濃度や体温を測り、通常は98~100%ある血中酸素濃度が95%を切ったり、微熱が続くなどしたら、とにかく早め早めに救急車を呼びました」
だが、救急車を呼んでも、すんなりと入院できるとは限らない。
「体調観察していた陽性の入居者の方の食欲が落ちてきたので、あわてて救急車を呼んだのですが、なかなか搬送先が決まらず、私たち職員も一緒に4時間かけて、あちこちの病院に電話をかけました。その中で一軒〈6リットルぶんの酸素しかないが、それでもよければ受け入れます〉と言ってくれた病院があって。この病院のおかげで、のちに回復されました」
感染対策は十分行っても、介護する際は接触を避けられず、防護服を着ていても防ぎきることは難しい。1月20日までに陽性者は職員8名、利用者19名に拡大。1月29日までに、残念ながら4名の入居者が逝去してしまった。
「おひとりは、ご家族が施設で看取ることを望まれていたので、救急搬送はせず、最期はご家族に防護服を着ていただき、数分でしたが看取りに立ち会っていただきました。ほかの3名は、搬送先の病院で亡くなられています。
葬儀に参列した介護職員のなかには、「こんなことになるなんて」と泣き崩れる者もいたという。
新町光陽苑では、1月27日のPCR検査の結果、入居者・職員すべての陰性を確認。以後、感染者は出ていない。高橋さんは介護現場でのクラスターを防ぐために、こんな提案をする。
「もっと多くの軽症者用ホテルを確保して、高齢者は症状が軽くても優先的に入院できるような体制を整えてほしい。施設内で感染を広げないためには、それが必要だと考えています」
前出の毎日新聞の記事では、高齢者施設ではケアを受けられるという保健所側の期待から、ほかの感染者の入院が優先され、結果として施設での死亡者が増えた可能性が指摘されている。だが、高橋さんも訴えるように、多くの施設で医師や看護師が常駐しているわけではなく、対応にも限界がある。
現場の切なる願いは、行政の場に届くだろうか。
「女性自身」2021年3月2日号 掲載