水際対策の大幅な緩和や、脱マスクに向け政府が議論を開始するなど、まるで“コロナは終わった”とばかりの日本国内。

確かに、オミクロン株ではこれまでの株に比べ重症化率や死亡率は低下した。

しかし、コロナ回復後もさまざまな体調不良に悩む“後遺症”には依然注意が必要だ。

「オミクロン株の後遺症では、倦怠感や頭痛、睡眠障害、息苦しさなどを訴える方が増えています。さらに、認知症に似た記憶障害や、集中力の低下など、いわゆる“ブレイン・フォグ”と呼ばれる症状が増加しているのです」

そう警鐘を鳴らすのは、岡山大学病院の副病院長で、総合内科・総合診療科教授の大塚文男さん。

同病院では、昨年2月からコロナ・アフターケア外来を開設。今年9月30日までに受診した427人の患者データから、次のような後遺症の症状が見えてきたという。

「当院の統計では、デルタ株では全体の23%だったブレイン・フォグの症状が、オミクロン株に変わってからは全体の34%へと10ポイント以上も増加しています。

患者さんの中には、生活のなかで無意識にできていたことが、かなり意識しないとできない、と訴える方もいます。スマホの操作に手間取る、車の運転や機械の操作に支障が出るという事例もありました」(大塚さん)

このような“認知機能障害”は、コロナ後遺症の症状としてかねて指摘されてきた。

実際に、10月8日付のNHK NEWS WEBによると、日本集中治療医学会が全国32の病院で人工呼吸器による治療を受けたコロナ重症患者らを対象に、アンケート調査を実施したところ、回答のあった209人のうちの53.1%が、集中治療室を出てから1年以上経過したあとも「物忘れなど認知機能に不調をきたしている」と回答していたことが明らかになっているのだ。

■脳卒中を起こす可能性が50%も増加する

海外でも、後遺症に関する大規模な研究が行われている。9月22日付の医学雑誌『ネイチャー・メディスン』には、コロナに罹患することで認知障害をはじめ、さまざまな病気のリスクが上昇するという衝撃の研究結果が発表された。

ボストン在住の医師で医学博士の大西睦子さんが、この論文を次のように解説する。

「この研究によると、コロナに感染した人は、感染していない人と比較して、1年以内にパーキンソン病やてんかんなどの神経疾患を患う率が7%増加、脳卒中を発症する率は50%増加、記憶障害を発症する率に至っては、なんと77%も増加したというのです。さらに、コロナ罹患者は罹患していない人に比べて、1千人あたりのアルツハイマー型認知症の発症者が多いことも明らかになりました」

この研究は、セントルイス・ワシントン大学の臨床疫学者のジャド・アルアリー博士らが行ったもので、’20年3月から’21年1月15日までにコロナに感染して30日以上生存した15万4千人を1年間追跡。同時期に感染しなかった560万人と、コロナ禍以前に調査した580万人のデータと比較した。

「オミクロン株が出現する以前の従来株での研究データですが、参考値として見ることはできます。

とくにアルツハイマー病の増加に関しては、アルアリー博士が『素因を持っていた方が、コロナによって発症が早められたのでは』と興味深い分析をしています。これまでの研究論文では、コロナによって起きた脳の炎症がアルツハイマー病の発症に影響している可能性があるとも言われているので、コロナ感染が認知症の発症リスクを押し上げた可能性があるのです」(大西さん)

コロナ感染と認知症発症リスクについては、さらに恐ろしい関連も指摘されている。

米国のケース・ウエスタン・リザーブ大学の研究では、’20年2月から’21年5月までの間に医療機関を受診した65歳以上の患者600万人以上の記録を調査。すると、コロナ陽性となった人は、そうでない人に比べ194%アルツハイマー型認知症になりやすいことが明らかになったのだ。

■後遺症患者の多くは軽症者が占めている

ウイルスの感染力が高まっていることで“再感染”のリスクが上がっていることも気がかり。後遺症に影響はないのか。

「先ほどと同じジャド・アルアリー教授らの研究チームが、次のような査読前の論文を発表しています。一度も感染していない540万人、コロナに1回だけ感染した約26万人、2回以上感染した約3万9千人を比較したところ、感染回数が増えるごとに、なんらかの疾患による死亡率、心疾患や脳疾患の発生リスクが2倍に高まっていたそうです」(大西さん)

ただし、この論文は、複数のチェックを通っていない査読前の論文であるため、「参考にとどめて、再感染によるリスク増加にも注意する必要がある」と大西さん。

加えて「軽症だったから大丈夫」と言えないことも明らかになってきている。前出の岡山大学病院の大塚さんは、こう指摘する。

「オミクロン株に置き換わってからは、酸素投与やステロイド治療が必要になるような肺炎は減少し、いわゆる“重症化率”は低下しています。しかし、だからといってコロナ後遺症になりにくいわけではない。当院の後遺症患者さんの92%は、オミクロン株感染時、“軽症”だった方なんです」(大塚さん)

軽症でも油断できないコロナ後遺症。感染したら誰でもなる可能性があると思っておくべきだろう。

ただ、注意すべきは、後遺症だと思っていたら、意外な疾患が潜んでいることもあることだ。

「まれに、まぶしさや、立ちくらみ、耳鳴り、体が熱くなる、まぶたが下がってくる等の症状を訴える方もいます。また、後遺症だと思って来院されたものの甲状腺の病気や糖尿病など、ほかに疾患が見つかったケースもあります。コロナ禍で健診を控えていた方も多いので、何が原因なのか、しっかり検査してもらうことも必要です」(大塚さん)

コロナ後遺症の治療法も少しずつ知見が集まりつつあるが、まだまだ未解明な部分が多く、今後新たな株の出現で、どう変化するかもわからない。いまのところ、「感染しない」ことが最良の予防であることは確かである。まだまだ、コロナへの慢心は禁物だ。