「猫ちゃんを飼っている人は、やっちゃいますよね。やめられない、止まらないって人も、少なくないようです」

獣医師で「ふくふく動物病院」の院長・平松育子さんがこう指摘するのは「猫吸い」。

簡単に言うと、猫の体に口や鼻をつけて思いっきり息を吸い込む行為のこと。「日常的にやっている」と思い当たる愛猫家も多いはず。平松さんが言うように、猫愛が強い人ほど「やめられない、止まらない」のが実情だ。でもこの猫吸い、意外にも、危険な行為なんだとか。

「猫が持っているさまざまな菌やウイルスを吸い込んでしまう可能性もあるので、獣医師としてはオススメできません」(平松さん・以下同)

具体的には、どんな危険が潜んでいるのだろうか。平松さんが解説してくれた。

【猫アレルギー】

〈原因〉:アレルギー物質を吸い込んでしまい、体内に抗体ができることで発症する。

〈症状〉:花粉症や軽度の風邪と似ており、目のかゆみや充血、鼻水、くしゃみ、鼻づまり、喉の炎症やせきといった症状。悪化すると呼吸困難を引き起こすことも。

「もっとも顕著な問題が、猫アレルギーですね。アレルギー物質を取り込み体内に抗体ができることで発症するものですが、普通は、空気中に浮遊しているものを吸い込むことで起きるもの。猫吸いは、それを自主的に促進する行為に当たります。

当院に猫ちゃんを連れてくる飼い主さんのなかには、猫アレルギーが悪化し呼吸困難を引き起こし、入院沙汰になった方もいます」

【回虫症(トキソカラ症)】

〈原因〉:猫などの糞や毛には、寄生虫の卵が潜んでいる場合があり、これらを吸い込むことによって、感染する。

〈症状〉:体がだるい、熱が出るといった比較的軽い症状。重篤なものだと、てんかんのような症状や、失明することもある。症状は、回虫が入り込んだ臓器によって異なる。

「外に出る機会がある猫ちゃんは、回虫症に気をつけてください。屋外の地面にある回虫の卵を、猫が拾ってしまうことはよくあります。足についた卵をなめて体内に取り込んでしまったり、毛に付着させたまま家に持ち帰ることも。猫の体内に入り込んだ卵は、糞便とともに排せつされます。トイレの掃除が行き届いていない場合も気をつけてください」

回虫が人間の体内に入った場合、どのようなことが起こるのか。

「回虫は猫の体内は居心地がいいのですが、人間の体内はそうでもないようで。人の体の中をうろうろさまよった挙げ句、目に入ったり、肺に居ついたり、ときには脳にまで。眼球に入り込むと最悪、失明の可能性もありますし、脳障害や神経症状を引き起こすことも。

肺に入った回虫はCT検査では腫瘍のように写るので、肺がんの疑いで精密検査をしてみたら腫瘍ではなく回虫だった、という例も」

【トキソプラズマ症】

〈原因〉:猫の排せつ物経由で、寄生虫に感染する。

〈症状〉:体力が落ちているときに感染すると、人の場合はリンパ節の腫れなどが出ることがある。また妊婦が感染した場合には、流産の危険性や、赤ちゃんの脳への悪影響が。

「生肉食や、猫の排せつ物を経由して寄生虫に感染する病気です。とくに妊婦さんが感染すると、おなかの赤ちゃんの脳に悪影響が出る可能性が報告されています」

■「猫吸い」は猫にとってはストレスに?

さまざまな危険をはらむ猫吸い。猫にとってストレスになることも。

「猫ちゃんも皆が皆、猫吸いされることが好きとは限りません。なかには、孤独が好きな猫ちゃんもいますし、同じ猫でも、そっとしておいてほしいタイミングもある。そんなとき、無理やり猫吸いされれば、ストレスを抱えることに」

猫が不意に攻撃してくることもある。ご機嫌斜めの猫に、ひっかかれたりかまれたりしたことがある愛猫家も、少なくないはずだ。

「そこで怖いのがパスツレラ症。猫の爪にいる常在菌が原因の病気で、抵抗力の落ちた人が感染すると、大ごとになります」

【パスツレラ症】

〈原因〉:猫にひっかかれたり、かまれたりしてうつる。

原因はパスツレラ属の細菌。

〈症状〉:傷口がひどく腫れ化膿する。重症化すると、細胞組織の壊死など危険な状態になることも。まれに、空気感染で呼吸器に影響が出ることもある。

パスツレラ症と聞いて思い当たるのが、先月急逝した人気ラーメン店の店主。亡くなる前にSNSで、愛猫にかまれたことを報告していたことから、死因はパスツレラ症では、と臆測を呼んだのだ(のちに遺族が「猫と死因は無関係」と公表した)。平松さんは言う。

「今回の件は事実関係はないとされていますが、猫にかまれて重症化することはあります。重症化すると患部が化膿したり、場合によっては細胞組織が壊死することも。当院に通われている飼い主さんにも、猫ちゃんにかまれた手がパンパンに腫れ発熱もして、10日ほど入院治療された人がいます」

猫にかまれたり、ひっかかれたりした場合は「速やかに患部を洗い流すことが肝要」という。

「私たちも、診察中や処置中に、よくひっかかれることがあって。そんなときはすぐに水道水で勢いよく洗い流し、そのうえで消毒をします」

回虫症やトキソプラズマ症の感染回避のためには「まずは猫ちゃんの体を守ること」と平松さん。

「基本的には、屋内飼いに徹すること。そのうえで、定期的に動物病院で診てもらい、猫ちゃんたちを寄生虫や病気から守ってあげることです。いまは、いい予防薬もあります。そうすることが、ひいては猫吸いがやめられない飼い主さんの体を守ることになる」

猫吸いをしたい衝動に駆られたら、まずは愛猫を動物病院に。

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