【前編】東京・赤羽「三益酒店」の三姉妹 枯れかけた昭和親父の酒店「もう一度、咲かせます!」から続く

「どんなタイプのお酒がお好みですか? なるほど、それでしたら、こちらの蔵元の純米吟醸酒、ピッタリだと思いますよ」

地酒ファンが“聖地”とあがめる酒店には、この日も多くの客が詰めかけ、女性社長を筆頭にスタッフ皆が忙しく動き回っていた。

「お姉ちゃん、電話よ。

蔵元の方から」

店舗奥の事務所から出てきた女性が、接客中の社長にこう声をかけた。すると社長、目の前の客にペコリと頭を下げ、元気に、少し大きな声を上げた。

「美香! お客さまへの説明、代わってもらえない?」

その声に、店舗に併設された飲食スペースから、もう一人の女性がひょこっと顔をのぞかせた。

「ごめん、美保姉。もう角打ちの開店時間だから。由美姉にお願いしてもらえない?」

東海林美保さん(38)、由美さん(36)、美香さん(28)の三姉妹。SNSを活用した情報発信に加え“オンライン角打ち”やサブスク(月額制定期購買サービス)など、斬新なアイデアを次々に打ち出してきた。その結果、多くの小売店が苦境にあえいだこの3年間、店の売り上げはコロナ禍前を下回ることが一度もなかったというから、驚きの経営手腕だ。

美保さんが父から社長を継いで、父の作った飲食スペースを新しくした角打ち『三益の隣』のオープン、日本酒の飲み比べセットの販売、酒蔵の人を呼んでのイベントなどをおこない、新生・三益酒店の経営が軌道に乗り始めた矢先の’20年。全世界を襲ったコロナ禍は、赤羽の街にも暗い影を落とす。由美さんが当時を回想した。

「3月でしたね、初めて飲食店さんから注文が入らず、配達がゼロに。

来店するお客さんも連日ごくわずかで、角打ちも営業できない。これは、なんとかしなくっちゃって、皆で必死に考えました」

まず取り組んだのが三益酒店独自の「飲食店応援プロジェクト」。

「日ごろお世話になってきた飲食店さんとコラボして、営業再開後に使える飲食チケットを、私たちが独自に発行、販売しました」

「オンライン角打ち」と銘打ち、SNSでライブ配信もした。

「家飲みを提案しようと始めたんですが、内容は『私たち、次はこれ飲みま~す』みたいな感じで、三姉妹で地酒情報を発信しつつ、お客さんたちとリモートで飲み会をするというだけのものでした」

でも、それだけでは終わらないのがいまの三益酒店だ。オンライン角打ちを端緒としたサブスクのサービス「三益倶楽部」を開始したのだ。毎月定額料金を払う会員のもとに、三姉妹が厳選した地酒と、ペアリングのおつまみが送られてくる。そのうえ月1回、蔵元とのリモート飲み会も。地酒ファンにはうれしいサービスだ。

クラウドファンディングで店の改装も実現し、さらに赤羽駅構内に期間限定出店もした。こうして三益酒店は、三姉妹の斬新な試みで売り上げを落とすことなく、コロナ禍の苦境を無事、乗り切ろうとしているのだ。

■YouTubeの発信でいまじゃ日本全国どころか香港、台湾、中国からもお客さんが訪れて

現在の三益酒店は美保さんと由美さん、それぞれの夫も加わり、社員は全部で7人。そのほかアルバイトもいて、先代が夫婦2人で営んでいたころとは、すべての面で大きく様変わりした。

孝生さんを支え長年苦労を重ねてきた母・博子さんは、いま、三姉妹が店を切り盛りする姿を「夢にも思っていなかった」と話す。

「ここは昔、酒屋が近所にいくつもあって。だから、お酒が1日に1本でも売れたら『よかった~』って胸をなで下ろすような時代もあったんです。それがいまや、3人の娘たちが成長して、こんなふうに盛り上げてくれるなんて。信じられない気持ち」

いっぽう、頑固な父はというと。

「三姉妹は時代の最前線にいると思いますよ。まさにそこが、うちの三姉妹のすごいところ」

美保さんが言っていたように、孝生さんは、本人たちがいないところで、記者に向かって彼女らを褒めちぎった。

「うちの三姉妹がすごいのはね、YouTubeを覚えたことだね。だって、あれを見て、いまじゃ日本全国、いや、それどころか、香港や台湾、中国からも、お客さんが来るんだから」

そんな孝行娘たちはこの先、三益酒店をどう発展させていこうと考えているのか。三代目が語る。

「若い人を育てたいです。そして、お酒離れが進む若い人たちに、お酒をもっと身近に感じてもらえるような発信も続けていきたい」

姉の言葉を聞いていた由美さん、小声で「もう一つあるでしょ」とさらなる答えを促した。

慎重派の美保さん、照れ笑いを浮かべながら、こう切り出した。

「これは本当に大それた夢なんですけど……、私たち三益酒店の物語が、朝ドラにならないかなぁ、なんて。そんな話をさかなに、三姉妹でお酒、飲んでるんですよ(笑)」

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