「わーい、僕のぶんもある?」

真っ先に駆け寄ってきたのは、5歳の五男・樹生(いつき)くんだった。

リビング兼ダイニングの6畳間。

記者が手土産の菓子折りを差し出すと、食卓の周りに、子どもたちが次々に集まってきた。

「おやつはいつも、子どもたち全員に声をかけて、一緒に食べるんです……ちょ、ちょっと待って、みんな! 1人、2個ずつよ!」

説明もそこそこに、山本彩子(さいこ)さん(38)は子どもたちに向かって声を張り上げていた。

ここは福井県敦賀市。彩子さんは、高校3年生の長女から1歳の七男まで、7男2女、9人の子の母親だ。

「みんな、ちゃんと座って。あ、あさくん、テーブルに乗らないの! おりなさーい!!」

六男・朝陽(あさひ)くん(3)に向かって、さらに大きな声を上げた彩子さん。

食卓の菓子折りの箱は、早くも空になりかけていた。

「マカロンって、東京のお菓子ですか?」

記者にこう聞いたのは長女・陽華(はるか)さん(17)。隣では次女・ちひろさん(15)が「初めて食べる」とつぶやいている。2人の向かいに座っていた長男・理一(りいち)くん(13)と次男・優心(ゆうしん)くん(11)も「初マカロンや」「僕も」と、興味津々に手にしたカラフルな菓子を眺めている。記者が「これは東京で買ったけど、もとはフランスのお菓子だよ」と伝えると、子どもたちから「すごっ!」という声が漏れた。

「ほら、みんな。

食べる前になんて言うんやった?」

膝の上に末っ子の歓大(かんた)くん(1)をのせた父・達也さん(39)がこう声をかけると、子どもたちから次々に元気な声が上がった。

「ありがとうございまーす」「いただきまーす!」

こんなにぎやかな日常を、彩子さんは昨年から、インスタグラムで発信し始めた。「さぃ」というハンドルネームで、大家族の暮らしぶりや、多忙を極める家事の様子、さらに子育てに対する信条などをつづった記事をアップし、主婦層を中心に、フォロワーたちから多くの共感を呼んでいる。

食卓に群がる子どもたちを眺めながら「私たち、本当にマカロン初めてなんですよ」と、少し恥じらった彩子さん。児童養護施設に勤める達也さんは、そこまでの高給取りではない。彩子さんのパート代をプラスしても、世帯収入はせいぜい6人家族の平均月収ほどだという。

そこからひと月約10万円という食費や数年前に購入しリフォームした中古住宅のローン、前年比で月額1万円以上高騰した電気代など、かさむ支出を考えると、決して贅沢はできない。

’22年の出生数が予測より8年も早く80万人を下回るなど、深刻さを極めるわが国の少子化と、それに伴う人口減少問題。岸田政権は「こども家庭庁」を発足させるなど、「異次元の少子化対策」に躍起だ。児童手当の拡充や出産育児一時金の引き上げなど、子育て世代の負担軽減が議論の俎上にあるが……。達也さんは言う。

「手当はありがたいですし、お金は……それはもちろん、あったらうれしいですけど。

そうじゃなかったら、産まんかったかっていったら、それもまた違うからなぁ」

その言葉に「そうよね」と彩子さんが相づちを打ったところに、公園で遊んでいた三男・圭悟(けいご)くん(9)、四男・大地(だいち)くん(7)が帰ってきた。誰に聞いたのか、2人して「マカロン、マカロン」と連呼しながら食卓につく。

「何色がおいしい?」

圭悟くんの質問に、達也さんは「全部、おいしいよ」。次女のちひろさんが大地くんに「栗好きやったやろ。これ栗味、おいしいよ」と赤いマカロンを手渡したのを見て、彩子さんが言った。

「はい、大ちゃん。

ちゃんと食レポしてよ。おいしいですか?」

母の言葉に「おいしいでーす」と即答する大地くん。陽華さんがすかさずツッコミを入れる。

「まだ食べてないやーん(笑)」

春真っ盛り。山本家の食卓にはこの日も両親、それに7男2女、たくさんの笑顔の花が咲いていた。

■子どもが9人いてよかったと思うことは感動も9倍あること。

毎回新鮮な感動が

記者が「子どもが9人いてよかったことは?」と問うと、間髪入れずに「感動が9倍あること」という答えが返ってきた。

「初めて歩いた、しゃべったにはじまり、卒業や入学、運動会など学校の行事も。私は子どもの成長を9人分実感するタイミングがあって。それが、たとえ何回目だとしても毎回、新鮮な感動があるんです」

最たる感動のシーン、それは新たな命が生まれてくる瞬間だ。彩子さんは自然なお産を推奨する助産院で、子どもたちを産んできた。

「後ろから夫に抱き抱えてもらいながら、上の子たちが見守るなかでのお産。助産師さんが『手伝うか?』って子どもたちに聞いて、生まれてくる赤ちゃんを上の子たちが取り上げたり、へその緒を切ったりもしたんです」

母の隣で、うなずきながら聞いていたのは長女。彩子さんが「陽華は下の子、みんな立ち会った?」と問いかけると「寮におったから、かんちゃん(歓大くん)のときだけ立ち会えんかった」と。

「でも、大ちゃん(大地くん)のときかな、初めて赤ちゃんを取り上げるお手伝いを。すごく感動しました。涙は出ませんでしたけど(笑)」

■家族がいて自分もいるのだから、子どもたちには家族を大事にする人になってほしい

「私は子どもたちに、家族を大事にする人になってほしい。いまどきは『自分は自分、これは私の人生だから』って考えの人も少なくないと思います。でも、家族がおって自分がおって、自分の人生もあると思うし、うちの子たちは、それを理解できる経験をしてきていると思うんです。それがわかっていれば将来、つながりを大切にできる、節度を持った大人になってくれると信じているんです」

こう語る彩子さんに、この先の自身の夢を尋ねると「私、夢ってとくにないんですよ」と笑った。

「夫は自分たちの子育てが一段落したら、いま働いている児童養護施設のような、地域の子どもたちの面倒を見るファミリーホームを作りたいと考えているみたいで。私も、自分がいまこうやって子育てできているのは、いろんな人の助けがあってこそだと思うから。夫のことを手助けしながら、恩返しができたらいいなと思います」

取材終盤。寮に戻る準備を始めた長女・陽華さんにこんな質問をぶつけてみた。

「将来、結婚したら子どもはたくさん欲しい?」

すると、長女は「いらないです」と即答、両親の笑いを誘った。

「お父さん、お母さんが大変なの、見てきたから。3人でいいです」

厚労省のデータによると、1人の女性が生涯に産む子どもの数に相当する合計特殊出生率は、’21年は1.30。’22年はそれをさらに下回る公算が大きい。「それを思えば、3人でも十分な数字」と記者が指摘すると父・達也さん、長女に向かって笑顔でこう語りかけた。

「陽華が将来子どもを3人産んだら、国が『よしよし』って褒めてくれるかもしらんよ」

彩子さんもうれしそうに続けた。

「うちの子たちがみんな、3人ずつ子どもを授かったら……私たち27人の孫たちの、おじいちゃんとおばあちゃんになれるんだね」

この国の未来を救うのは、山本家のような“異次元の大家族”の存在なのではないだろうか。

【後編】7男2女、11人の大家族の日常をSNSに投稿 ママたちの熱い支持を集める「さぃさん」へ続く