クマが人を襲う被害が、全国で相次いでいる。8月3日、山梨県身延町の住宅敷地内で、75歳の女性がクマに襲われ、顔や脚に大けがを負った。
「2023年度のクマによる人身被害の件数は198件(被害者数219人・死亡者数6人)と、環境省の統計開始以来、過去最多を記録。今年度は7月末時点で、すでに被害者数は55人(うち3人が死亡)。2023年と同水準か、より高いペースで被害が増えています」(全国紙記者)
なぜ、これほどクマによる人身被害が増えているのか。東京農業大学教授で、日本におけるクマ研究の第一人者でもある山﨑晃司さんはこう解説する。
「かつて集落周辺の里山は、木々が伐採されて耕作や林業に利用されていました。しかし近年は、そうした利用が減少して里山に木々が増えたことや、集落の人口減少によって、野生動物が近づきやすくなっていることなどが一因です」
つまり、人と野生動物の生活圏の境界が失われつつあるわけだ。こうした状況のなか、気がかりなのが、秋のお彼岸の墓参りだ。
「場所にもよりますが、墓地周辺には、クマが好む柿や栗の木などが植わっていることも多く、なおかつ9月以降は、クマが冬眠に向けてエサを探し始める時期と重なります」(前出・山﨑さん)
実際に過去最悪の被害を記録した2023年も9月から人身被害者数が急増。そして、墓地でのクマ出没情報は、これまで各地で報告されている。
「昨年8月には、神奈川県伊勢原市の霊園で、墓参り中の夫婦が15mほど先で木の葉っぱをむしゃむしゃ食べるクマと遭遇しています。
いずれのケースも人身被害には至らなかったが、一歩間違えれば大惨事になりかねないため、秋の墓参りに向けて注意喚起する自治体が増えている。
■一度でも目撃例があれば遭遇に備えた準備を
では、どのような点に注意してお彼岸の墓参りに行けばよいのか。
「まず、クマと遭遇しないようにすることが第一です。自治体の多くは、ホームページでクマの出没情報を公開していますので、事前にお墓のある市町村のホームページをチェックしてみましょう。あるいは、役場やお寺に電話をして、直接確認してもいいでしょう。先祖代々のお墓が集落の裏山にあって管理者がいない、という場合は、地区の自治会長に連絡をとりましょう」(山﨑さん、以下同)
直近で目撃されていなくても、過去に出没したことがあれば、「クマがいる」と、想定して準備する必要がある。
「クマが人を襲うのは、基本的に人が怖いからです。そこに人がいる、とわかればクマも近づいてきません。ですから、〈ここに人がいるよ〉とクマに知らせるために、クマよけの鈴やホイッスルを持参して、鳴らしながら歩きましょう。ない場合は、大きく手を叩く、声を出すだけでもクマよけになります」
また、墓参りの時間や、人数も考慮したい。
「クマは、早朝と日没後に行動が活発になるため、墓参りは日中に。1人ではなく複数人で行くことをおすすめします。
お墓に向かう道中は、周囲の様子にも気を配ろう。
「墓地周辺の木々にクマのツメ跡らしきものが付いていたり、糞が落ちているなどの場合は、決して近づかないことです」
十分に注意していても、出くわしてしまう可能性もゼロではない。
「もし、クマに遭遇してしまったら、複数人でいる場合は、バラバラにならずまとまって行動することが大切です。クマに背を向けて逃げ出すと追いかけてくるので、クマの方を向いたまま後ずさりするように、落ち着いてゆっくり距離をとります」
このとき、クマが威嚇のために、人に向かって走ってくることもあるという。
「この威嚇行動を“ブラフチャージ”と呼びますが、クマは人を驚かせるためにやっているだけなので、実際に襲いかかってくることは、まずないと考えていいでしょう。ほとんどの場合、人の目前まで来てUターンしたり、左右に散ったりしますので、慌ててクマに背を向けて逃げないこと。これをやってしまうと、クマに襲うきっかけを与えてしまいます」
万が一、クマが目前まで迫っても止まる気配がなかったり、突然、クマと至近距離で遭遇し、いきなり襲いかかられそうになった場合は、どうしたらよいのか。
「“急所”を守りつつ“伏せ”の姿勢をとることです。具体的には、頭部を保護するように頭の後ろで腕を組み、地面に伏せます。このときに、ヘルメットを着用していたり、リュックを背負っていたりすると、頭や背中をクマに引っかかれたとしても、致命傷に至らずにすむ可能性が高まります」
墓参りの際には、万が一に備えて、ヘルメットやリュックなども用意しておくとよさそうだ。伸縮性があり、動きやすい服装を選ぶことも重要だろう。
そして最後に、「あとから来る人の命を守るためにも、お供えものは持ち帰ること」と、山﨑さん。
「クマの嗅覚は犬の数倍優れているので、お供えものを放置しておくと、嗅ぎつけてやってきます。缶ジュースなども歯でかみちぎって飲みますので、放置しないようにしましょう」
人とクマの共存のためにも、こうした心得を頭に入れたうえで、お彼岸の墓参りに向かおう。