「地震、津波、台風、大雨、大雪、洪水、土砂災害に加え、火山噴火。私たちは自然災害が頻繁に起こる日本列島で暮らしています。
そう語るのは、備え・防災アドバイザーの高荷智也さん。まずは表を見てほしい。近年の災害で、命を落とした人の多くは60歳以上だという現実だ。
「2011年の東日本大震災では、死者・行方不明者22,332人のうち、じつに6割以上が60歳以上の人たちでした。超高齢社会でそもそも人口が多いことも関係していますが、巨大津波から『迅速に』逃げられなかったことで犠牲になった高齢者が多いのです。避難中、家族の目の前で波にさらわれた人も少なくありませんでした」
昨今では「これまでに経験したことがない」と表現される大雨や台風による水害でも、多くの高齢者が犠牲になっている。
「2018年に西日本を中心に記録的な大雨をもたらした西日本豪雨では、河川氾濫、浸水、土砂災害などで271人が亡くなりましたが、その7割近くが60歳以上。特に、岡山県倉敷市真備町では、亡くなった人の9割が高齢者でした。一人暮らしのお年寄りが多かったこと、さらには夜間の自力避難が難しかったことが大きな要因です」(高荷さん)
災害での人的被害が、60歳以上に集中する背景について、介護のプロであるごぼう先生が語る。
「高齢者は迅速に動ける世代とは異なり、判断力の低下や身体的制約によって、避難のタイミングが遅かったり、移動に時間のかかるケースが多いです。一人暮らしの高齢者も多く、情報収集の困難さや事前の準備不足も影響しているでしょう。災害直後は、自分の身は自分で守る『自助』が重要といわれます。
災害で命を落とす原因は、なにも、家が倒壊して圧死したり、津波にのまれたりするだけではない。近年の災害では、災害そのものを乗り切っても、厳しい避難生活の最中に命を落としてしまう「災害関連死」の恐ろしさがうかがえる。
「政府が今年3月に見直した南海トラフ巨大地震の被害想定では、『厳しい避難生活で52,000人が命を落とす』と推計されました。避難所や在宅避難中での持病の悪化、ストレスによる体調悪化やエコノミークラス症候群。さらにはコロナウイルスのような感染症。こうした要因から災害関連死の危険がもっとも高いのも、高齢者です。命を落とさないために、災害を生き延びた後の対策も万全にしておきましょう」(高荷さん)
実際に、2016年の熊本地震では、死者のうちなんと約8割にあたる223人が災害関連死で亡くなっている。このうち9割以上は60歳以上だ。
もはやいつ、どこで、大災害が起こるかわからない。災害が起きるその時に備え、家族全員で生き延びるすべを知り、実践しよう。
「備え」と聞くと、水、非常食、防災グッズを買いそろえたり、保険に加入する人も少なくない。どれも大切なことだが、まずやるべきは“死なないための環境を整える”ことだ。
■防災グッズを用意する前にやるべきこと
「防災グッズや保険は災害から生き残れたときに必要なもの。まずはとにかく、どんな災害があっても家族全員で生き延びることです。そのため『避ける』『耐える』『逃げる』『しのぐ』という4つのポイントを、順に見直すことが大切なのです」(高荷さん、以下同)
「避ける」は、そもそも水害や土砂災害、津波が起こりにくい場所に生活環境を置くこと。「耐える」は自宅の耐震強化、家具の固定など災害に遭っても生活環境が壊れないようにする備え。「逃げる」は災害が起きたときに適切なタイミングで安全な場所に避難する準備。「しのぐ」は、ライフラインが停止している間に生き延びるための食料、飲料、生活用品などの備えのことだ。
「災害で危険にさらされる原因はさまざまな場面で『想定外』の事態が起こることです。
長年住んでいる家から引っ越す『避ける』が現実問題として難しくても、自分の生活環境に災害リスクがあるかどうかを事前に知っておき『耐える』『逃げる』の準備をしておけば命を守ることができるでしょう。災害に弱い高齢者がいるとわかっているのであれば、相応の備えが大切です。4つの備えを見直し、できる範囲で災害を『想定内』にすることが、家族全員で生き残るカギなのです」
災害が発生した際、自治体や国がなんとかしてくれると思う人も多いが、そのサポートを受けられるのは“生きている人”だということも忘れてはならない。
さらに、ふだんの行動も備えになると、ごぼう先生はこう語る。
「足腰がしっかりしていれば、いざというときに逃げ延びることができます。
備えは、あくまでも日常の延長線上にあるもの。次からは高齢者がいる家庭の「4つの備え」を詳しく紹介していこう。
■避ける―防災は家選びから始まっている
予測ができない地震と違い、台風や大雨による水害、津波、土砂災害は「避ける」ことができる。
「令和2年7月豪雨では球磨川が氾濫し、特別養護老人ホームの入居者14人が犠牲に。この施設はハザードマップ上で、氾濫した水の勢いで建物が倒壊するリスクがある場所に立っていました。とりわけ昨今の水害は、ハザードマップどおりに起きているのです」(高荷さん、以下同)
水害や津波などの被害を予測するハザードマップは自治体のホームページでも入手可能。自宅の災害リスクをまずは知ることだ。
「たとえば水害ハザードマップで色がついている(被害が予想される)エリア内で『2階水没レベル(3?5m)』や『家屋倒壊等氾濫想定区域』で木造住宅の場合は、引っ越しの検討を。また避難が間に合わない恐れがある津波を避けるためには『津波浸水想定区域』には居住しない。家族の命を守るためには大切なことです」
安全な場所への移転が無理ならば、次項以降の「耐える」「逃げる」「しのぐ」を徹底しよう。
■耐える―戸建て住宅は3軒に1軒が大地震で倒壊の恐れ
「日本の建物はそう簡単に崩れない」は迷信。
「震度7という激しい揺れが2度も襲った熊本地震(2016年)では建物の下敷きになるなどの圧死(直接死)で50人が亡くなりました。実は、多くの高齢者は耐震性の低い家で暮らしているのが現状です。とりわけ、1981年の建築基準法の改正前に建てられた『旧耐震基準』の家は震度6以上の揺れで倒壊の可能性大。熊本地震では震度6を観測したエリアにある旧耐震基準の家の46%が倒壊、崩壊したことがわかっています。
2000年の建築基準法と同じ基準を満たしている家か、『耐震等級3』の家で暮らすことが望ましいです」(高荷さん、以下同)
まずは下の耐震診断セルフチェックで、わが家の強度を確認してみよう。自宅倒壊で圧死する恐れがある場合には、専門家による耐震診断を受けたほうがいい。
とはいえ、地震に弱い家だからといって、おいそれと引っ越しやリフォームなどできないという人はどうすればいいのだろうか?
「旧耐震基準の2階建て住宅は、大地震で1階部分が潰れることがあります。ふだんから2階で生活するだけでも圧死リスクを減らせます。年中過ごすのが不便な場合は、大きな地震があった後の余震警戒時だけでも2階にいてください。旧耐震基準の家の耐震改修工事助成金を出している自治体もあるので、積極的に利用しましょう」
頑丈な家だけでなく、室内の安全対策にも目を配りたいもの。
「意外と盲点ですが、地震による即死のリスクを高めるのが窓ガラスの飛散です。
また家具や家電の転倒は圧死だけでなく、避難が遅れて命を落とす可能性が高まります。転倒した家具が人に直撃しないように置き方に気を配ったうえで、固定することが重要。自治体によっては、ガラス飛散や家具転倒の防止対策をサポートしてくれる支援や補助金があるところも。役所で相談するのも手です」
高齢者のいる家庭は、一部だけでも安全を確保する方法がおすすめ。たとえば、寝ている時間の安全を確保する「防災ベッド」(税別価格40万円)は耐震工事よりもコストがかからないのがポイント。また建物全体をリフォームしなくても一部屋だけ防災シェルターにする「一部屋防災リフォーム」も話題に。どちらも自治体の補助金が出るケースもあるので検討してはどうだろうか。