「高知は食と自然が魅力です。高知で食べるカツオは、身の厚さ、鮮度、薬味の使い方とぶっちぎりにおいしいです! 蛍の季節に、四万十川の川下り遊覧船から見える蛍は、きっと感動できます」
そう親しみやすい笑顔で語るのは、今年6月25日付で、全国の地方銀行初の女性頭取となった高知銀行の河合祐子氏だ。
「朝は5時半に起きて、ウオーキング・新聞を読むなどのルーティンの後、8時ごろに出社。前日の処理をして、9時から打ち合わせやお客さまに会うなどの業務。18時半ごろに夜の会食へ。会食がない日はスポーツジムで汗を流して帰宅……というのが理想で実際は週に2日できればよいほう(笑)。現実は、朝6時に起きて前日の仕事の残りを在宅リモートでこなして、あとは同じ流れです」
そんな忙しい日々を送る河合氏。ここに至るまでさぞかし苦労を重ねたかと思いきや、「自分は常に仕事を楽しんできました」と笑う。
静岡県出身。1986年の「男女雇用機会均等法」の施行翌年、京都大学法学部卒業後、1987年外資系ケミカルバンク(現JPモルガン・チェース銀行)に入行。
外資系を選んだ理由を聞くと、「すでに先輩の女性が働いていて、学生として、先輩たちの働き方の多様性を見てイメージがつきやすかった」と話す。日本企業は、キャリア組の女性が少なかった時代。
「男女関係なく、朝から晩まで働きたい人は働けるし、ワークライフバランスを取りたい人は取ってもいい。転勤も希望すれば海外転勤もありえますし、東京で働き続けることも可能でした」
外資系企業はマイノリティーを引き上げるカルチャーもあった。
■コミュニケーションをとる必要性を学んだ
「日本はバブル期で世界に注目されており、中国も台頭しておらず、ニューヨークで働くアジア人も少ない時代で、ニューヨークの本店でも働かせてもらえました。国籍・年齢・学歴も多様ななかで、丁寧なコミュニケーションをとる必要性も学びました」
そして1991年、27歳で「まだ勉強をしなきゃ。英語をもっと学ばなきゃ」と、アメリカの大学院(ペンシルベニア大学ウォートン校MBA)へ進んだ。
「勤務先に辞めるつもりで相談をしたところ、まさに多様性の観点から、上司と人事の方が『会社としてサポートすべき』と休職のシステムを作ってくれました」
大学院でも、日本人の同級生とともに、チャレンジを試みた。
「当時、トヨタ自動車の製造工程や、日本文化に関心がある時代で、教授に、『日本の文化や製造業についてのプレゼンテーションをさせてください』とお願いしました」
その後、ベンチャー企業を経て、2003年、日本銀行に入行。2014年に高知支店長となった。
「高知の人は明るく、人と距離を詰めるのも早く、オープンカルチャーで県外から来た私も仲間として扱ってくれました。お酒もおいしいし。今は、ドクターストップで飲めないのが残念です(笑)」
2018年同銀行欧州統括役兼ロンドン事務所長などを歴任。その後、三菱UFJフィナンシャル・グループの子会社CEOに。その間も、高知に足を運ぶうちに、アドバイザーにと誘われて、2023年から高知銀行で常勤の副頭取に就いた。
副頭取としては、昨年10月、メルカリとの業務提携も締結した。
「地域は人口が減っていますが、一方、活気のあるネットのサイバー社会を通じて、銀行が新しい社会や人の役に立つためにはどうすればいいか。
買い物や取引、情報の取得や発信もスマホだけでできる今の時代に、メルカリさんと昔ながらの銀行が組むことで、個人や事業者さんのお役に立てるのではないか、お互いに補完できることもあると考えました」
そして、今年6月、頭取に就任。
「よく、頭取として何をやりたいかと聞かれますが、私は“何かをやる”は、目的だと思っていません。それは一つのツールでしかありません。実現したいものは……人口が減少していくなかでも私たちは、便利に暮らしたい。人口が少なくなっても不自由はしたくない。そのためにどうすればお役に立てるのか。この土台を忘れずにいたい」
そんな河合頭取に、「女性が働く」ことについて尋ねると、
「私は、ロールモデルを押し付けたくないんです。本当に人それぞれでいい。家庭を切り盛りする役割も尊いですし、男性女性に関係なく、全員が“お金をもらう仕事”をしなくても、それぞれみんな頑張ってと本心から思っています」
としたうえで、
「あえていうなら『仕事は、けっこう楽しい』と、知ってくれるとうれしいです。少し責任のある立場に立って人の役に立てるのはおもしろいです。どんな仕事であれ、自分のいる場所や自分がやっていることをおもしろいと思えることが大事です」
■物価高を苦しいと思わず楽しんで工夫をする
新米をはじめ、食料品の値上げが続くなか、節約を頑張る女性へのアドバイスを聞くと。
「私たちの子ども時代に、アイスクリームをはじめ、モノの値段が上がるのは普通だったじゃないですか? その時代から比べても久しぶりの値上げです。
子どものころの私は、値上げしたアイスクリームを食べるためにはどうするか? 当たりを探す、母とのお小遣い値上げ交渉など、いろんなことをやったわけです。おいしいアイスを食べるために。
今、私たちは、その時代を思い出して、おいしい新米を食べるために何をするか? を、真剣に考えなければいけません」
ただ節約志向だけに頭がいくと、それだけが目的になってしまう。
「苦しいと言わずに、おいしいお米を食べるために工夫するのは、楽しいこともあるはずと考えてみませんか。
今は、隙間バイトも増えています。1日2時間の働き方ができる人もいるでしょう。バイトをして新米を買うことも可能です。
働くことには、おもしろいこともたくさんあります。自分の経験も増えたうえにお米も食べられる、と考えてみてはいかがでしょう」
株式投資などで収入を増やす手もあるのだが、河合頭取は、「それは、全員が向いているわけではありません。楽しくなければやらなくていいんです。本当に、それぞれでいいんです」と語る。
8月、高知銀行は、四国の金融機関で初めて、厚生労働省が認定する、女性の活躍が進んでいる企業として「プラチナえるぼし」の認定を受けた。
「高知や社会のために、こうしたら役に立つかな? と、思いついたときがうれしいですし、そのために、県内県外、国内外問わずいろんな人と話をしたり、本を読み、日々成長していきたい。そして、早く、“女性初”が注目されないようになってほしいです(笑)」
と、おおらかに笑った。
【PROFILE】
かわい・ゆうこ
1964年生まれ。京都大学法学部を卒業後、1987年4月外資系のケミカルバンクに入行。2003年に日本銀行入行。2014年に高知支店長となる。2018年には欧州統括役兼ロンドン事務所長を歴任。その後三菱UFJフィナンシャル・グループの子会社CEOを経て、2023年から高知銀行副頭取に。今年6月に高知銀行頭取に就任。地方銀行では初の女性頭取に