性被害当事者らの団体「Spring」が2020年8月16日から2020年9月5日までに被害者約6000人に行った「性被害の実態調査」では、半分以上が「すぐに性被害だと認識できなかった」と回答。被害を受けたと認識するまでにかかった年数は平均で約7年であるという結果が出ています。このことからも、日本の性教育の見直しが求められるといえます。
インタビュー前編では、TENGAヘルスケアで会社員をしながら、ドラァグクイーン・性教育パフォーマーとして活動するラビアナ・ジョロー(30歳・@labiannajoroe)さんに、性教育を発信し続けることについて聞きました。後編では、日本を取り巻く性被害の問題や性的同意のとり方について話を伺います。
アダルトビデオを教科書としてしまうことも
大学でジェンダーやセクシュアリティについて勉強していたので、それが仕事につながればいいなと考えていました。
4年が経ち、現在勤務しているTENGAヘルスケアについて知り、「こんな会社もあるんだ」と応募することに。そして、選考を経て採用されました。
――今の会社ではどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?
セクシャルウェルネスに焦点を当て、性のお悩みに応えられるようなプロダクトやサービスを提供しています。例えば、性交中の痛みや不快感など性機能に関わるプロダクトから、セクシャルな悩みも含めた妊活に対応するサービスなどです。
海外ではセックスセラピストという職業が存在しますが、日本ではまだ一般的ではないので相談先があまりないのが現状です。
――最近はどのような性のお悩みが多いですか?
さまざまな悩みがありますが、その中でも特に多いのが童貞に関するものです。掘り下げてみると、AVやインターネットで見るようなものに触れることで、自分の性的な経験がまだ浅い段階にあるのにも関わらず、それを参考として自分に自信が持てないと感じてしまう人がいます。
性について学ぶ場所が限られていたり、性教育がそもそもなかったりすることが、この悩みの一因なのかなと。結果的に性に関する知識を得る場として、AVを教科書代わりに使ってしまうというのはよく聞く話です。
被害者に誹謗中傷が起こるのは?
私が感じるのは、性被害や同意のない性行為についての理解が不十分なのに、加害者にならないための具体的な方法が教えられていないことです。メディアでは性被害がスクープとして取り上げられるだけで終わってしまう印象があります。
旧ジャニーズ事務所や松本人志氏の件も含め、ニュースが引き起こす議論は大切ですが、性被害はどうすれば防げるのか、発生時にどうすればいいかなど、性教育に関する情報も同時に提供することが大切だと思います。
そして、被害者が直面する心の傷や相談する場所がないことなどについても取り上げ、人々が安心して相談できる環境やサポートを整えるような報道を求めています。
――ニュースで性被害が取り上げられた際、SNSを中心に「ホテルに行ったのが悪い」「何十年も前のことをなぜ今さら」など被害者を批判するような声が目立つのはなぜですか?
多くの人がセカンドレイプ(性犯罪・性暴力の被害者に対する二次的な被害)やハラスメントについて十分に理解していない現状があるからだと感じます。企業の研修においても時代の変化に対応する必要がある一方で、「こういう時代だから仕方なくやってる」というマインドの方や、それに反対する方もいるようです。
特にハラスメント研修に関しては、昔は行われなくてもよかったと感じていた人たちが、今なぜ必要なのか、なぜ状況が変わっているのかの理解が不足しているように感じます。
“性教育反対派”の人たちに思うこと
あらゆる議論にいえることですが、従来の価値観から変わろうとすることに対して、多くの反対派の人たちはある種の恐怖心を抱いているように感じます。例えば、選択的夫婦別姓でいうと、反対派の人からよく聞くのが「家族の本来の形が崩れる」という声です。
そして、ネットの書き込みを見る限り、選択的夫婦別姓が当たり前になった世界で夫婦同姓を選んだ場合、逆に差別されるのではないかと恐れている人たちもたくさんいるのではないかと感じています。これは性教育にもいえますが、自分の中にある漠然とした価値観がぐらついた時、恐怖心を抱き、否定的な姿勢になるのではないかと予想しています。
――変わらないことで安心感が得られると。
そうですね。
そういう意味では、これはあくまで私の個人的な意見ですが、教育機関でお金や政治の話をしないのも、コントロールしやすい社会を維持するためだと考えられるかもしれません。
どこからどこまでがOK? 性的同意をとるときに考えたいこと
関係性は複雑なものなので、ルールブックで明確化できるようなものではありません。ただ、力の差、年齢差、経済的な差など、立場に上下関係がある場合は、それを認知すること、それを踏まえたうえで、立場が上の者が何がよくて何がダメかを考える力を身につけるべきだと思います。
――あえて同意を取ることに不自然さを感じてしまう人もいるかと思います。
たしかに性的同意を取ることで「エロス」が損なわれてしまうことも懸念材料ですよね。私は「エロい同意の取り方」と言っているのですが、場の雰囲気を崩さないまま同意を取ることは可能だと思います。
個人的に実践していることは、否定系で質問することです。「してもいい?」という聞き方だと「NO」と言いづらい人もいると思うので、「今〇〇したくない?」「されたくない?」のように聞くことを意識しています。相手からすると、そういう気分でなければ「うん」と頷くことで性的行為への「NO」が伝えられますし、また「ううん」であれば、より能動的な「YES」を伝えられる聞き方だからです。
性的同意には非言語コミュニケーションも必要
――性的同意というと1つずつ確認しなきゃいけないと思う人も多いのではないでしょうか。性的同意という言葉を初めて聞くと「自分が知ってるやつじゃない……」と思い、ますます関わりたくないと感じることもあるかもしれません。
もちろん性的同意が必要だと考えている人の中には、言葉を大切にする人もいますが、実際の現場では100%言葉で同意を取るのは難しい場合もあるため、そういった時には非言語的なコミュニケーションも必要だと思います。
――非言語のシチュエーションを教えてください。
例えば、バーやクラブで気になる人がいた時です。相手と目が合うかどうか、相手の態度はどうかなど、意思を尊重したうえで声をかけるべきだと思います。
ただ、その人のパーソナルスペースをガン無視して一気に距離を詰めるのは、半ばハラスメントになることもあります。理論ではなく、対個人として、そして相手を尊重した上でどう向き合うかが大切です。
露出が多いと性被害に遭いやすいという誤解
性的同意年齢が引き上げられてから法律でカバーできる場合もあります。一方で、被害者が警察に相談しても、警察の対応によっては、過去の出来事に対して適切な対応が得られなかったことも珍しくありません。
――警察の不適切な対応の例として、どのようなことが挙げられますか?
例えば、痴漢やストーカー被害に遭った方に対して、その時どのような服装をしていたかを聞くことや、服装で被害者を責めることは不適切です。プライベートな部分は同意なしで触ってはいけないという前提がなければなりません。特に日本では被害者に対して服装を責めるような言説が多く存在します。
――性被害に遭う人たちに焦点が当てられていないと。
日本では服装によって性被害を受けやすいという誤解が広まっています。痴漢防止の啓発ポスターでさえも、被害者を責めるようなスタンスで制作された事例があるのも事実です。
2019年、ニューヨーク・ファッションウィークのショーでは、性被害に遭ったサバイバーたちが当時着用していた服をテーマにしたものが行われ、露出が高くない服でも性被害に遭う可能性があることを証明する内容になっていました。
加害者にならないためにできること
――相手に嫌だと伝えづらい場合はどうしたらいいのでしょうか?周りが行動することもできます。臨床心理士のみたらし加奈さんが副理事を勤めているNPO法人 「mimosa」の「誰でもできる5つの行動『5D』」が実践的です。
そこには、セクハラに直面した場合の行動として、「Distract(注意を逸らす)」「Delegate(依頼)」「Document(証拠を取る)」「Delay(後で)」「Direct(指導する)」の5つの行動が紹介されています。
――加害者にならないためにできることはありますか?
同じような出来事を繰り返さないためにも、加害した側をバッシングして終わりではなく、問題が起きた背景や状況、それを防ぐためや再発しないためにできることなどを考える必要があります。
誰もがマジョリティ・マイノリティ性を持っているという点で、例えば、男性であることで社会的に優位な立場に置かれていることを認識するなど、特定の属性を理解するだけでも社会は徐々に変わると思います。
性教育が不十分な社会で、子どもにどう接するべき?
一番大切なのは、行動に移すことだと考えます。過去には男の子が女の子のスカートをめくると、その子が好きだからといった形で問題が片付けられてしまう時代もありました。今では問題視されるようになりましたが、それでも教育現場にいる先生方の多くは性教育を受けていないだけでなく、性教育をするための研修を受けていない場合も多いです。
このような現状に対処するためには、政府や自治体が関与することは欠かせません。そのためには、市民が声を上げることが求められます。需要があれば政治も動くと思うので、選挙に行く、PTAで性教育を議題に挙げるなど、身近なことからやっていくのがいいのかなと。
――さまざまな性被害のニュースを見て心を痛めている方もいると思います。最後に、読者にメッセージをもらえますか?
こういった事件で心を痛めている方がいれば、まずはご自身のメンタルのケアをして欲しいです。次に、このような事件を繰り返さないためにも、今後は大人が自分の家族や子どもたちに性教育の重要性をしっかりと伝えていかなければなりません。これから社会がどのような方向に進展するかはわかりませんが、今できることとして周りに仲間を見つけることも有効です。
例えば、学校で子どもや教師による性被害・加害が起きたとき、保護者たちが共感し合える人たちと連帯することで、学校に声が届くかもしれません。今はネットもあるので、同じ価値観や悩みを持った人たちがつながりやすい環境もあります。仲間たちとコミュニケーションを取ることで、何らかの変化が生まれると信じています。
<取材・文/Honoka Yamasaki>
【Honoka Yamasaki】
昼間はライターとしてあらゆる性や嗜好について取材。その傍ら、夜は新宿二丁目で踊るダンサーとして活動。
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