伊藤沙莉が演じる主人公・猪爪寅子(いのつめ・ともこ)にはこれまでの“朝ドラあるある”を捨て、アップデートされた人物造形が多々見られる――と指摘するのは、漫画家の瀧波ユカリさん。
ご自身も漫画家として数々の登場人物を生み出してきた瀧波さんだが、寅子をはじめとする“トラつば”登場人物には、毎日のように驚きや発見があるよう。
「現代的」な主人公
たとえば第6回、法律を学ぶため大学の女子部に入学した寅子たちを、同じ法学部の男子学生が「魔女部(まじょぶ)!」「嫁のもらい手がなくなるぞ」とからかう場面を観て、X(旧Twitter)にこうポストした。〈「これが母の言う地獄なら、ずいぶん幼稚な地獄」
男子学生たち(見た感じも口ぶりもわかりやすく低俗)にからかわれて主人公が抱く感想が……直球!
主人公にも視聴者にもモヤモヤやきもきさせない、いちいちまわり道しないところが気持ちいい。〉
――2024年4月8日
SNSの朝ドラ考察文化の役割
寅子は、その時代において“常識”とされていることに「はて?」と疑問をいだく。それをわからないこととして放置せずに自分で考え、具体的なアクションにつなげる――ゆえにその人物造形が「現代的」であると評されることも多い。「いろんな人から意見を聞いてみないとなんとも言えませんが、このドラマの新しさを感じ取り『すごい』と思っている層と、なんとなくいつもと違うけどなんだろうとはっきりわからないまでも『面白い』と感じている層と、さらに、面白いのかどうかわからないと思っている層……などがいるのではないかなと思います。
そんななかで、10年以上前からTwitter~Xでつづいている、朝ドラ考察クラスタの文化の存在は非常に大きいと思います」(瀧波ユカリさん 以下カギカッコ同じ)
瀧波さん自身、視聴後に必ずといっていいほどハッシュタグをつけて投稿している。
「朝ドラはあまりつづかないタイプなので、考察の常連メンバーではないのですが」と前置きしたうえでこうつづける。
「この展開にはこういう意味があるとか、今回の見どころはここだったとか、ドラマを見て言語化するスキルを持った考察クラスタの人たちの言葉を見ること含めての楽しみになっているし、視聴者の理解度の底上げにつながっていると思います。
私の投稿するポストへの反響もとても大きく、このドラマのことをもっと知りたい、理解したいという視聴者の思いの強さを感じています」
あるあるではない「前向き」
昨今は、公式アカウント(@asadora_nhk)もそれを見越しているかのようで、視聴者は知り、理解することで、翌日の放映への期待を高めるという仕組みができている。超人的なメンタリティ
4月第3週現在、寅子は大学の女子部で、新入生勧誘のための法廷劇に挑戦している。常に前向きな主人公は“朝ドラあるある”だが、寅子のそれは若干、性質を異にしているようだ。女性が法律を学ぶと決めた、血を流す覚悟もある。
「寅子はまわりにどう思われるかということを、ほとんど気にせずに生きているように見えます。ある意味、そこだけは作り込みというか、フィクションの要素が強いのかもしれません」
と分析する瀧波さん、そこから目線を現代の女性たちに移す。
ウチでは中学生の娘も視聴していますが、この“どう思われるかをほとんど気にしないメンタリティを持つ女性主人公”は、彼女にとってすばらしいロールモデルになっていると思います」
名もなき女性たち
人からどう思われるかよりも、自分がどうしたいのかが大事。相手が家族でも、自分を疎(うと)ましく思っている同級生でも、目上の男性でも、寅子は率直にものを言う。「それが創作物であったとしても、“どう思われるのかなんて気にしなくていい”という力強いメッセージを若い世代は特にまっすぐに受け取っているはずです。それこそが彼女たちの未来への可能性を広げていくと思います」
〈聖橋((編集部注:お茶ノ水付近のほかの橋の可能性もあります))の上で、重い荷物を背負った老婦人(2回は出てきたはず)、思い詰めた様子で橋の下を見つめる女性……
「あれ?なんか気になるな」くらいの匙加減で、ふつうは「モブ」と呼ばれる存在の女性たち、女性ひとりひとりの人生が視界に入るように作られている。こんなドラマあっただろうか〉
――2024年4月5日
女性の痛みを取りこぼさない
本ドラマはオープニングでも、女性がいくつもの役割を果たしながら老いていく様がアニメーションで描かれ、また主人公がさまざまな職業の女性たちと踊っている。こうした“名もなき”市井の女性の描き方について、瀧波さんが「虎に翼」の今後に期待することとは?物語って、どうしても主人公の成長やストーリー展開のために“名もなき人”を利用する……言葉を選ばず表現すると、捨て駒にする、消費するようなことが往々にしてあるのですが、このドラマではそういうことはしないだろうし、むしろ誰の痛みも取りこぼさないように進めてくれるだろうという期待があります」
はじまったばかりの「虎に翼」。寅子の前にはさまざまなものが待っている。婦人弁護士を認める法改正は先送りされたし、戦争もある。そして終戦後、男女は平等であって性別で差別されないと定める、日本国憲法が施行される。
それによって寅子と、それを取り巻く人と、名もなき市井の女性たちはどう変わっていくのか……楽しみにしながら見守りたい。
【瀧波ユカリ】漫画家。
<構成・文/三浦ゆえ>
【三浦ゆえ】
編集者&ライター。