この本の著者、旦木瑞穂(たんぎみずほ)氏の新刊は、母親が子供に与える深刻な影響に焦点を当て、社会に警鐘を鳴らしています。
毒母とは一体、どのような母親なのか。
なぜ「毒母」なのか?
――最近、「毒親」という言葉がよく聞かれますが、どういう意味でしょうか?旦木瑞穂氏(以下、旦木):『毒になる親』の著者スーザン・フォワードによると、毒親とは、「子どもに対するネガティブな行動パターンが執拗に継続し、それが子どもの人生を支配するようになってしまう親」を指します。
「自分の都合で子どもの子どもたる時間や居場所を奪い、成人後もその関係を当然のごとく継続する、子どもを自らの「所有物として扱う親」と言い換えてもよいかもしれません。
旦木:これまで私が取材で行ってきた30事例ほどのなかで感じたのは、「毒父」の毒は肉体的で見えやすいケースが目立ち、「毒母」の毒は精神的で見えにくいケースが多いように思います。
「毒母」の毒の場合、毒を受けている子ども本人が毒であることに気づきにくいため、対処するのに時間がかかります。じわじわと精神的に追い詰め、肉体的にも蝕んでしまう“毒”という言葉が持つ恐ろしいイメージそのものです。
「母と娘」の関係で毒がより濃縮されやすい
――なぜ、今回「毒父」ではなく、「毒母」かつ「母親と娘」に絞ったのでしょうか?大人になって、仕事や自分が築いた家庭にかかりきりになり、両親とは疎遠になる息子が多い一方で、自分の家庭を持ったあとでも、母親との関係を維持し続ける娘は少なくありません。だからこそ、母と娘の関係は永く深く濃密になりやすく、毒に気付きにくいうえに濃縮されやすいのではないでしょうか。
また、息子の場合は異性ということもあり、比較的早めに境界線が自然と引かれる場合が多いと思いますが、娘の場合は、人生で3つのターニングポイントに差し掛かったときに境界線が引けるように思います。それは、「結婚」「出産」「介護」の3ポイントです。
「結婚」は、家を出ることで母親と距離ができ、夫という他人と暮らすことで自分の家庭と比較することができるようになるから。
私は「毒親になりきらないための親の会」というLINEグループを主宰していますが、そこである40代の女性から興味深い相談を受けました。毒母育ちの彼女は、現在15歳の娘の恋愛に、自分ごとのようにのめり込んでしまったと。
そして娘が彼氏と別れたとき、「あんないい人は他にいないのに!」と娘を責め、娘との関係が悪くなってしまったというものです。このことは、彼女自身が娘さんとの境界線が引けていないから起こってしまったことだと思います。
「毒母」に共通する特徴とは?
――毒母には共通する心理的特徴があるのでしょうか?例えば第3章に登場する金山さん(仮名・40代)の母親は、看護師で仕事ができる女性ですが、家事・育児は苦手でした。そのせいで、同居している姑や夫(金山さんの父)にいつも注意されており、姑だけでなく、夫との仲も険悪になっていました。
おそらく金山さんの母親は、姑や夫から受けるストレスや、姑のように家事・育児ができない自分に対する憤りを、娘である金山さんにぶつけていたのだと思います。金山さんが大きくなると、「女は大学に入っても金がかかるだけでダメだ」と自分と同じ看護師になるように指示し、金山さんを看護学校に入学させました。これは金山さんの母親が、娘である金山さんと、境界線が引けていないという現れだと考えます。
「毒母」から離れられない娘の心理とは?
――ちょっと待ってください。なぜ、金山さんは、自分を愛してくれない母親と同じ仕事に就こうとし、実家から離れなかったのでしょうか? さっさと家から出たほうが幸せになれると思うのですが。母親は「こうなりたい自分の理想」を娘に押し付けてコントロールを強化し、どんどん自分と娘の境界線がなくなっていく。娘は娘で「母親の愛情が欲しいからそばにいる」という共依存関係に陥ってしまっていたのです。
夫の優しさを素直に受け取れない毒母育ちの娘
――そんな金山さんですが、家事も育児も積極的にしてくれる優しい男性と結婚しましたよね?旦木:はい。しかし母親から暗に『あんただけ幸せになることは許さない』という圧を受け、『幸せになってはいけない』と常に不安に苛(さいな)まされていました。幼い息子さんが入院したときには、育休をとってくれるという夫の優しさを素直に受け止められず、夫に当たり散らしてしまいました。
旦木:子どもが生まれてからの金山さんは、子どもの泣き声やわがまま、抱きつきなどに対し、ずっと拒否反応を起こしていたそうです。母親からいつも怒鳴られて育ったので、自分の子どもたちを冷静に叱れないことが多く、子どもたちとの関わり方に悩むようになりました。そして、「なんで私はこんなに上手くできないんだろう?」と自分を責めるように……。
――金山さんはどのように子育ての葛藤を乗り越えて行ったのでしょう?
旦木:子どもたちを叱らなければいけない場面では、夫に叱るのを交代してもらったり、夫に子どもたちを甘やかしてもらったりと、夫と協力して、自分が母親から受けてきた毒母を連鎖させないように努力しています。
自分の母親が毒母だったと気付いてからは、母親と距離を置き、夫だけでなく公的な子育て相談などを利用しながら子どもたちに向き合っています。
「母親はこうあるべし」はどこから来る?
――なるほど。解毒には毒母と物理的な距離を置くことも有効なのですね。旦木:はい。自分が毒親にならない対策として、子どもと自分との関係ばかりに目が行きがちですが、まずは自分自身と親との関係に向き合い、毒親であったならば距離を置き、共依存関係を断ち切ることが大切です。
旦木:様々なところから来ていると思います。社会から押し付けられるジェンダーロールや生まれ育った環境、自分の親から「母親とはこうあるべき」「女性はこうあるべき」と言い聞かされるなど。また、「自分は社会からこう見られたい」という自分の内側から来るケースもあると思います。
【旦木瑞穂(たんぎみずほ)】愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する記事の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。
<文/此花わか>
【此花わか】
ジェンダー・社会・文化を取材し、英語と日本語で発信するジャーナリスト。ヒュー・ジャックマンや山崎直子氏など、ハリウッドスターから宇宙飛行士まで様々な方面で活躍する人々のインタビューを手掛ける。X(旧twitter):@sakuya_kono