大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合)に出演する市原隼人に圧倒される。

 盲目の大富豪・鳥山検校を演じる市原は、妖気のように怪しい雰囲気を漂わせる。
その黒目がちな瞳には、何か魔物的なものを感じて、ゾクッとする。

 男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、本作の市原隼人について、子役時代までさかのぼる魔物的魅力を解説する。

身請けというワードが出たからには……

NHK大河『べらぼう』38歳俳優の“魔物的な存在感”。視聴者...の画像はこちら >>
 横浜流星演じる主人公・蔦屋重三郎が、江戸の街に出版革命を起こす大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下、『べらぼう』)第8回、吉原に客を呼び込む出版戦略の協力者になった平賀源内(安田顕)から疑問符が浮かぶ。

「じゃあいっそ、おめぇさんが瀬川を身請けしてやりゃあどうだい?」と源内が重三郎に聞くのは、重三郎にとっては幼馴染みであり、吉原の人気花魁・五代目瀬川を襲名した花の井(小芝風花)のことである。瀬川の身請け金は1000両以上、現在の価値で1億円以上にものぼる。現時点で茶屋の奉公人に過ぎない重三郎には逆さになっても用意できない。

 いずれにせよ、ドラマ展開上、身請けというワードが出たからには、重三郎以外の誰かが大金を払うのだろうとすぐに想像がつく。そこで登場したのが、大富豪の盲人・鳥山検校である。演じるのは、市原隼人だ。

莫大な蓄財をする盲人の最高位

 検校の座敷に向かう瀬川が「粗相がないように頼むよ」と念押しされる。それほどの大金持ちである検校とは、いったいどんな存在なのか。当時、幕府や朝廷の厚い庇護の下にあった盲人には位階があった。

 最下位には勝新太郎主演でお馴染みの映画タイトル『座頭市物語』(1962年)の座頭が、最高位には市原が演じる鳥山検校の検校が位置していた。金貸しを生業にすることを認められ、検校のように莫大な蓄財をする者もいた。


 念押しされた瀬川は「金の山が座っておると思いんしょ」と言って微笑していたのもうなずける。検校にとって身請け金1000両など痛くもかゆくもない。こうして検校初登場までの基本情報が提示された上で、瀬川が向かう座敷で待つ検校がどんな存在感の人物なのかと視聴者は襟をただして、緊張の唾を呑み込む……。

ただならぬ雰囲気で描く初登場場面

 座敷場面はこう描かれる。カメラはまず室内に置かれる。画面上手に後ろ姿の検校(その前の場面でも同じような後ろ姿のワンショットがある)。画面奥の障子が開く。しめやかな佇まいで斜め上方を向いている検校の正面を初めて捉えただけでわかる。ただならぬ雰囲気。

 瀬川を筆頭に花魁たちが入室。カメラの前を横切る花魁と花魁の間、検校が間欠的に顔を見せる。周到に準備された検校の初登場として力が入る完璧な演出である。緊張は持続する。


 隣に座った瀬川が検校をまじまじと見つめると、しなやかな俊敏さで横を向く検校が見つめ返す。瀬川はさっと視線を外す。このアクションとリアクションを空気と音で感じる検校は「すまぬ、驚かすつもりはなかったのだが」と第一声。

 座にいる者がどうしてわかったのかと聞くと、検校は「息を呑んだ音がした」と説明する。この座敷場面前で視聴者は唾を呑み込み、座敷では花魁が息を呑む。本作の市原隼人は他を圧倒する存在感である。

子役時代までさかのぼる魔物的魅力

NHK大河『べらぼう』38歳俳優の“魔物的な存在感”。視聴者をゾクッとさせる魅力のワケとは
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』©︎NHK
 視聴者と登場人物がはからずも緊張を共有してしまうほど、ゾクッとする。座敷場面での第一声から検校が発するすべての言葉の語尾によーく耳をすまして、さらにゾクッとする。台詞を操る市原は、意図的に語尾の母音をかすれた残響音にしている。

 ひたすら不気味なこの残響音が、市原の特徴的台詞回しとしてはっきり確立されたのは『正直不動産』(NHK総合、2022年)くらいからだったか。彼が発する台詞が残響するとき、彼の目は一際怪しげに光る。

 その黒目がちな瞳は、魔物的な魅力がある。
身請けした瀬以(身請け後の瀬川の名)がどうにも自分に心を開いて接しないのは重三郎に気持ちを寄せているからだと瀬以を叱責する場面が、第13回にある。瀬以を閉じ込める書庫に差し込む日差し、書庫の入り口の暗がりという陰と陽の場所で、黒目を光らせる市原が、妖気のような雰囲気を漂わせる。

 陰陽師の世界を描いた『陰陽師Ⅱ』(2003年)で市原は、光と闇の間でもがきながら、その身が魔物に変化してしまう純朴な少年を演じたことを思い出した。姿形は変わっても黒目がちな瞳だけは変わらない。

 14歳の市原が、少年期の不安定さを瞳の力に宿した初主演映画『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)を劇場のスクリーンで観た強烈な体験が忘れられない人も多いかもしれない。38歳で演じる鳥山検校役を見て、子役時代までさかのぼる魔物的魅力がある俳優だなと思った。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
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