ですが、そんな猛暑がきっかけで出会いを掴む場合もあるようで……。
汗だくで走るサラリーマンに心配して声をかけた
角田美咲さん(仮名・32歳/ライター)は、その日たまたま早朝に目を覚ましてしまい自室で仕事を進めていました。「いい感じで仕事がはかどって9時過ぎにひと段落ついたので、朝ご飯を買いに外に出たんです」
美咲さんは、いつも起きるぐらいの時刻に買い物に行けることが新鮮だなとワクワクしながら日焼け対策の帽子をかぶり出かけたそう。
「その日は朝から日差しが強かったのですが、ワイシャツ姿のサラリーマンぽい男性が汗だくで、とても苦しそうにゆっくり走ってきたのでギョッとしてしまって」
季節は夏。暑い中足元がふらついているその男性が心配になった美咲さんは思わず「だ、大丈夫ですか?」と声をかけました。
鍵を落とした女性を必死に追いかけていた
「するとその男性は、少し先の信号で足踏みしながら待っているジョギング中の女性を指さして、『あの女性がさっき僕の目の前でポケットから鍵を落としたんです。声をかけたけどイヤホンをしていてどんどん走っていってしまって、かれこれ20分程追いつけずにいるんです』と、息を切らせながらとぎれとぎれに説明してくれたんです」状況を理解した美咲さんは、元陸上部だということもあり「それ私に任せてくれませんか?」と男性から鍵を受け取ると、足取り軽く走り出しました。
鍵を返すことに成功すると、男性が追いかけてきて
「信号が変わりその彼女も走り出したので、ちょっと追いつくまで時間がかかりましたが、ようやく彼女の前に回りこみ鍵を渡すことができたんですよ」
「そして無事に役割を果たしたと一安心して戻ろうとしたら、なんとさっきの汗だくの男性がゆっくりと私めがけて走ってきていて驚きました。てっきりもうどこかで涼んでいるか、仕事先に向かっているだろうと思っていたので」
慌ててその男性に駆け寄ると「すみません、見ず知らずの方にいきなり変なお願いをしてしまって」と謝ってきたそう。
見ず知らずの人ために、熱中症になりかけるなんて
「もうそんなことどうでもいいから、とりあえずどこか涼しいところで休んで、水分補給した方がいいですよと、いちばん近くのファミレスの場所を教えました」引くぐらい汗びしょびしょで、明らかに声に力が入っていない男性。美咲さんは自分のハンディ扇風機を渡し、そのまま持っていてほしいと伝えました。
「男性は『お礼がしたいので、嫌じゃなければ連絡をください』と私に名刺を手渡して、扇風機の風を浴びながらファミレスに向かっていきました。いくら目の前で鍵を落とされたとはいえ、通りすがりの人のために熱中症になりかけるような行動をとるなんて、なかなかヤバい人だなと思ったのをよく憶えています」
そしていつの間にかその名刺の存在も忘れて、数週間経ったある日……。
朝起きたら、身に覚えのないメールのやり取りが
「調子に乗って飲み過ぎた翌朝にスマホをチェックしていたら、なんと私、見知らぬ人とメールのやり取りをしていたんです。『えっ何これ?』と思って部屋を見回したら例の名刺が落ちていて……焦りまくって変な汗をかきましたね」
「しかも酔っていたくせにしっかり待ち合わせまでしていて……仕方がないので直接会って、この無礼なメールのお詫びをすることにしたんです」
汗だくでフラフラだったあの人は別人
そんなこんなで、最初に鍵を拾った会社員男性・博明さん(仮名・30歳)と食事に行った美咲さん。「そしたら再会した博明さんがピシッとしていて意外にかっこよく、汗だくでフラフラしている時とはまるで別人のようで驚いたんですよね(笑)。この見た目であんなヤバいぐらいのお人好しなんだ? と思ったら、そのギャップにやられて一気に仲良くなってしまって」

「そして今では博明さんとお付き合いするようになり、半同棲しています。あの日渡したハンディ扇風機は、仲良く一緒に使っていますよ。猛暑にはうんざりしてしまいますが、私たちの出会いのきっかけになってくれたことには感謝ですね」と微笑む美咲さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop