夏本番となり、家族で海へのレジャーを計画している方も多いのではないでしょうか。しかし、楽しい夏の思い出が生まれる一方で、毎年のように痛ましい水難事故が後を絶ちません。
日本財団「海と日本PROJECT」が公表している、『「海のそなえ」水難事故に関する調査サマリー』によれば、水難者数は年間約1600人にのぼり、死者・行方不明者の発生場所のうち約51%が海という結果が出ています。

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 公益財団法人・日本ライフセービング協会の田村憲章さんは、この数字の背景には「なぜ海で溺れるのか」「どうすれば海での事故を防げるのか」といった、正しい知識や対策への意識が不足していることがあると指摘します。

 中でも特に懸念されるのが、子どもの水難事故です。泳力や経験の不足、不注意などが要因となりますが、田村さんによれば、海での水難事故には一定のパターンがあり、それは大人であっても子どもであっても例外ではないと言います。

海での事故が「午後2時」に最も多い理由。浮き輪をつけた子が危ない“知られざるリスク”
参考:『「海のそなえ」水難事故に関する調査サマリー』日本財団 海と日本PROJECT
 そこで今回は、現役のライフセーバーである田村さんに、海で起きがちな水難事故の実態について取材。子どもの事故を防ぐために、親自身がまず知っておくべきこと、できることを聞きました。

事故が起きる前に防ぐのが、ライフセーバーの仕事

――最初にライフセーバーのお仕事について教えてください。

田村憲章さん(以下、田村):地域にもよりますが、主に海水浴場がオープンする7月~9月にかけて、海で活動をしています。海に来た方が溺れないように環境を整えることが、私たちライフセーバーの仕事です。

 担当する海水浴場の天気、水温、風向きや風の強さ、地形、波の高さを確認して、海水浴場のその日のコンディションを総合的に把握します。そのうえで、泳いでよいエリアを設定したり、監視する場所や注意すべきポイントを絞り込みます。遊泳区域を示す旗を立てたり、看板の設置やマイクでの注意喚起なども行っています。

海での事故が「午後2時」に最も多い理由。浮き輪をつけた子が危ない“知られざるリスク”
公益財団法人・日本ライフセービング協会の田村憲章さん
――事故が起きたときに助けるのが、ライフセーバーの主な役割かと思っていました。


田村:ライフセーバーは「レスキューのプロ」と思われがちですが、実際には何かが起きたときに助けるというよりも、事故が起きる前に防ぐことが私たちの主な役割です。

 「危なくなりそう」という人や「溺れかけている人」を察知して、声をかけたり実際にレスキューに向かいます。

沖に流され救助された人の55%が、浮き輪をつけていた

――海では、どのような状況で水難事故が起きていますか?

田村:海での事故の原因は大きく分けて「自然要因」と「個人要因」の2つに分類されます。自然要因による事故で特に多いのが、「風」の影響で沖に流されて戻れなくなるケースです。

 海では浮き具を使っている人が多いのですが、浮き具は風の影響を非常に受けやすいんです。実際、沖に流されて救助された人の55%が、浮き輪をつけていたというデータもあります。風が強い日は、小さな浮き輪でも簡単に沖へ流されてしまいます。特に、シャチなどの動物の形をした大型フロートは注意が必要です。目を離したすきに、かなり遠くまで流されていることが多いんです。

海での事故が「午後2時」に最も多い理由。浮き輪をつけた子が危ない“知られざるリスク”
参考:『「海のそなえ」水難事故に関する調査サマリー』日本財団 海と日本PROJECT
――足がつかない場所まで流されてしまったら、自力で戻るのは大変ですよね。

田村:そうですね。沖へ流されていると気づいたときにパニックになって、助けを求める方も多いです。

 パニックになって浮き具が外れてしまったり、風で浮き具が飛ばされてしまい溺れてしまうこともあります。
ですので、私たちライフセーバーが監視していて「流されているな」と判断した場合には、早めにレスキューに向かいます。

 それからもう一つ、自然要因で危険なのが「離岸流(りがんりゅう)」です。これは、岸から沖へ向かって流れる強い水の流れで、これに乗ってしまうと自然と沖に流されてしまいます。実際、風や離岸流によって流され、レスキューを求める方が大半を占めています。

「うちの子は泳げるから」は危険。海とプールの大きな違い

――「個人要因」というのはどういったものでしょうか?

田村:個人要因で大きいのが、泳力不足、つまり泳ぐ力が足りないことによる溺水です。泳力不足と聞くと、「自分は泳げるから大丈夫」と思う方もいるかもしれません。でも、ここで注意していただきたいのは、プールで泳げるのと海で泳げるのは全く別物ということです。

 プールで25メートル泳げたとしても、海では水の抵抗や潮の流れ、足元の不安定さなど、自然環境ならではの要因で泳ぐ負担が大きくなり、「力不足」になってしまう人が多いんです。泳げるという過信や油断が事故につながるケースが多く見られます。

――海では、「泳げるから大丈夫」ではないんですね。

田村:はい。
実際、溺れている方の約半分が「プールで25m以上泳げる」と答えています。「泳げるから」と遠くまで行ってしまったり、無理をして溺水するパターンです。しかも、そのような方ほど、ライフジャケットを着用していない傾向にあります。

 私たちが実際に救助にあたるのは、「泳げると思っていたのに、風に流されて陸に戻れなくなって、もがいている」「戻れなくなって溺水しかかっている」ケースがほとんどなんです。

海での事故が「午後2時」に最も多い理由。浮き輪をつけた子が危ない“知られざるリスク”
参考:『「海のそなえ」水難事故に関する調査サマリー』日本財団 海と日本PROJECT
 海水浴場の利用者数にもよりますが、目立たないものも含めると、流されて溺れかけているケースが1日に数件以上、場合によってはもっと発生しています。

――まさに、気のゆるみからきている事故ですね。

田村:子どもの場合は、「うちの子は泳げるから大丈夫」と親が目を離してしまうことが多いです。親が目を離している隙に遠くまで行ってしまい、溺れるケースです。泳げるから大丈夫と思っていても、実際は、泳力が足りずに溺れることが多いんです。プールと海では「泳げる」条件が全く違うことを、お子さんも親御さんも意識してほしいです。

海での事故が最も起きやすいのは「午後2時」

――泳力不足以外には、どのような個人的な要因がありますか?

田村:個人的要因としては「疲労」も挙げられます。海水浴場での救助要請が最も多くなるのは「午後2時前後」というデータもあります。これは午前中に海に到着し、昼食後に再び海に入る人が多いためだと考えられます。


 早起きや長時間の運転による疲れに加え、昼食後の満腹感、さらには昼食時にとったアルコールの影響も関係する場合もあります。家族連れの場合、子どもを見守るべき親御さん自身が飲酒していると、事故への対応が遅れてしまう危険があります。

海での事故が「午後2時」に最も多い理由。浮き輪をつけた子が危ない“知られざるリスク”
参考:『「海のそなえ」水難事故に関する調査サマリー』日本財団 海と日本PROJECT
――早起きして海に来る方は多いと思うので、疲労も重なり事故につながりやすいですね。

男性の方が女性よりも溺れやすい理由

田村:他にも注意したいのは性別で、男性の事故率が女性の約1.7倍の数値で高いことです。自分は泳げる、体力があると過信し、疲労があるにもかかわらず無理をしてしまうケースが男性に多く見られます。

 まず親自身が体調を万全に整えて「無理をしないこと」「子どもから目を離さないこと」を徹底していただきたいと思います。

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 水辺の事故は、ほんの少しの油断や過信から起こることが多いとわかりました。特に「泳げるから大丈夫」という思い込みが、重大な事故を招く危険があります。楽しい夏の思い出をつくるためにも、まずは大人が正しい知識を持ち、万全の備えを整えることが何より大切です。

【田村憲章】
公益財団法人日本ライフセービング協会 常務理事/JLAスポーツ本部長。泳ぐことの楽しさや水辺の安全教育の普及に力を入れ、全国で講演や研修、指導を行う。現在も千葉県を拠点にライフセーバーとして現場に立ち続けている。


<取材・文/大夏えい>

【大夏えい】
ライター、編集者。大手教育会社に入社後、子ども向け教材・雑誌の編集に携わる。独立後は子ども向け雑誌から大人向けコンテンツまで、幅広く制作。
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