第10週第50回の戦中場面で初登場。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、メリハリある演技で毎回の登場が新鮮だと感じる妻夫木聡の演技を解説する。
毎回新鮮だと感じる妻夫木聡
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』で朝ドラ初出演を果たした妻夫木聡は、毎回、登場場面がなぜだか新鮮だと感じる。初登場は第10週第50回。戦時下の場面だった。主人公・若松のぶと後に夫婦になる柳井嵩(北村匠海)が二等兵として配属された先に上等兵・八木信之介(妻夫木聡)がいた。嵩があわあわまごついているところへ、薄暗い廊下の奥からカツカツ軍靴を鳴らしてやってくる。
嵩の前にくるなり、顔を近づけて「気を引き締めろ!」と喝をいれる。そうして踵を返して再び廊下の奥へ戻っていく。『ローレライ』(2005年)など戦争映画への出演歴があるとはいえ、鬼軍曹的なキャラを妻夫木が演じること自体が新鮮な気がするが、初登場場面でそのキャラ設定を“軍靴カツカツ往復”だけで視聴者にパッと示す手際がいい。
メリハリで役柄の新鮮味を醸す
ナチュラルな渋みが自然とビジュアルに加味され、ほどよく威厳がある八木役に説得力を持たせている。一方で単に鬼軍曹的ではなく、実は心底温かい心根の人で、軍隊では嵩が無事に帰還できるよう間接的にアシストしていた。決してあからさまにアメとムチがあるわけではないけれど、八木役の多面的な性格を妻夫木はメリハリできちんと演じている印象がある。
第16週第76回、高知新報に入社したのぶと嵩が取材で上京。街にあふれる孤児たちにのぶがカメラを向ける場面。孤児のひとりが隙をついてのぶのカメラをかっぱらう。路地から路地へ追いかけた先にひとりの男性がいる……。
愛を持って演じている再登場
孤児が逃げ込んだ路地中央で待ち構えていたかのように、その男性が孤児を捕まえる。男性は終始後ろ姿を見せている。追いついたのぶに「気をつけて」と言って優しげにカメラを返す。優しげでジェントリーな声色の男性は誰だろう? あれ、新しいキャラクターが登場したかなと一瞬思ったら、八木だった。稼いだお金で孤児たちの面倒を見ている八木は、カメラを盗もうとした少年に対しても愛のある眼差しできちんと叱る。
「おじさんだって闇の酒作って売ってるじゃん」と少年が言うように、八木は闇酒カストリを販売している。もちろん違法だ。汗が染み込んだタオルを首にかけ、生活の苦労を物語る。
再三の登場が不思議な空気感を醸す演技

子どもたちが帰ったあと、側で見ていた嵩が「八木上等兵」と呼びかる。さっきまでの愛の眼差しから翻り、八木は厳めしい表情にパッと変わる。嵩にギロリと向ける、こういう切り替えの演技もメリハリがあっていい。
のぶと嵩が高知に帰り、八木は一旦退場する。代議士・薪鉄子(戸田恵子)の元で働くためにのぶが上京した第17週で、八木が再度登場する。
第82回、盗みを疑われた孤児を味方するのぶが店員男性に絡まれているところへ、紙幣を手にした八木が登場(!)。のぶの左肩を右手でつかみ後ろに下がらせる。
あざやかな動作で「これで文句ないだろ」と台詞を決める。再三の登場だけれど、その都度視聴者の目には新鮮に写る。朝ドラ初出演の妻夫木聡は不思議な空気感を醸している。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu