今回は、そんな経験をした女性のエピソードをご紹介しましょう。
お気に入りの美容師へ密かに恋をしていた
植田亜弓さん(仮名・29歳/派遣社員)は、2ヶ月に1度お気に入りの美容院に行くことが楽しみでした。「実は、担当の美容師さんのことが気になっていて、密かに片想いしているんです。真司さん(仮名)という30歳の男性美容師です。話がとにかく面白くて、ゴツくて大きな手からは想像できない繊細なカットテクニックのギャップもすごくて。おまけに見た目も、俳優の小関裕太さん似でかっこいいんですよ」
真司さんから「僕は独身で彼女もいないんです」と聞いてはいましたが、亜弓さんは“そんなのはお客さんに対するサービストークで、実際はすごくモテるだろうし絶対に彼女もいるはずだ”と思っており、到底叶うはずのない恋と諦めていたそう。
「なので恋している素振りはまるで見せず、2ヶ月に1度、3時間だけ会える王子様という位置付けで、勝手に彼とのコミュニケーションで心を潤わせて……それだけで十分と思っていたんです」
施術中、美容院の前で倒れるおばあさんを目撃
そんなある日、真司さんに髪を切ってもらっている最中に、美容院の前でおばあさんが倒れているのを亜弓さんは発見しました。
季節は夏。おばあさんの汗のかき方と「頭痛がする」という言葉に亜弓さんは不安な気持ちになりました。
「かなり暑い日でしたし、おばあさんの様子から熱中症じゃないかということになり、慌てて救急車を呼んだんですよ」
そして亜弓さんは、美容院の皆さんへの差し入れにと人数分のクーリッシュ(ロッテが製造・販売する「飲むアイス」)を真司さんに手渡したことを思い出し、冷凍庫から持ってきてもらうと、ハンドタオルに包んでおばあさんの額や首を冷やしたそう。
「すぐに救急車が来て運ばれていきましたが、かなりの緊張感でした。施術の続きをしてもらいながらも、ずっとおばあさんのことが気がかりでしたね」
おばあさんの無事に安心! そして……
そんなことがあった数日後、真司さんから電話がかかってきました。「ドキドキしながら出てみると、なんと例のおばあさんがお店に訪ねてきたそうなんです。軽度の熱中症という診断で、ちょっと脱水気味だったそうですが、その後すぐに家に帰れたみたいで安心しました」
そしてそのおばあさんが、お礼にお菓子を持ってきてくれたそうで、亜弓さんの分もあるので時間のある時に取りにきてくれませんか? という話でした。

「すると興奮気味の真司さんに『すごい偶然なんだけど、お二人は同姓同名なんですよ』と言われて驚きました。なんとおばあさんと私は、漢字まで全く一緒の、同じ名前だったんです」
おばあさんに「あなたに顔を冷やしてもらえた時にすごく気持ち良くて、生き返ったって思ったの」ととても感謝され、お互いの名前の由来話で盛り上がっていると……。
おばあさんが取り出した2枚のチケット
「おばあさんが思い出したようにバッグの中から野球のチケットを2枚取り出して「これいただいたんだけど、うちの家族は誰も行けないって言うから、よかったらどうぞ」と私の手に握らせてくれたんですよ」そしておばあさんは笑顔で手を振りながら去っていったそう。
「私はそんなに野球に詳しくないのですが、偶然真司さんが好きな球団のチケットだったので、つい勢いで『一緒に行きます?』と誘ったら、なんとOKだったんですよ」
初めて2人で出かけることができ、よく話してみると真司さんは本当に彼女がいないようでした。
「しかもそれ以来、真司さんが野球に誘ってくれるようになって。私と一緒に観るのが楽しいって言ってくれたんですよね」
そのようにして野球デートを重ねていくうちに2人はお付き合いをするようになったそう。
「あのおばあさんの件から、一気に真司さんとの距離が縮まったので……私は勝手にキューピッド的な存在だと思っているんですよ」と微笑む亜弓さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。