高橋は、今田演じる主人公と夫婦になる柳井嵩(北村匠海)の東京芸術高等学校時代の同級生で、戦後はNHKのディレクターになった辛島健太郎役を演じている。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、再登場で画面華やぎ、ピンぼけ画面で浮き立つ本作の高橋文哉を解説する。
気持ちを伝えられない三人姉妹
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第19週第93回で、主人公・柳井のぶの妹、朝田蘭子(河合優実)が、自分たち三人姉妹についてこう言う。「いつまで思いを秘めちゅうつもりながで。こういうことに関して言うたら、うちの姉妹は三人とも下手っぴやき」。彼女たちは結果的に結ばれるというのに、心を寄せる相手になかなか気持ちを伝えられない。
そういう性格なのだから仕方ないのだが、その分、彼女たちの恋の成就を描くまでにドラマ上の尺がかかる。長女であるのぶが幼なじみの柳井嵩(北村匠海)にプロポーズされたのが第18週第88回。
嵩とは東京芸術高等学校時代の同級生である辛島健太郎(高橋文哉)と一番下の妹・メイコ(原菜乃華)が結ばれるのがこの第93回。
戦後を描く本作の後半部までたっぷり時間がかかった。三人姉妹で一番遅かったメイコにいたっては、第93回までお互いに気持ちの確認すらできていなかった。ただし告白やプロポーズさえ済んでしまえば、結婚まではトントン拍子、スピード婚というのがこの姉妹の面白さだ。
再会場面で辛島健太郎が再登場

その喫茶店に常連客である嵩が健太郎を連れてやってくる。ずっと好きだった人との再会に気が動転したメイコはもうただ目を丸くして固まってしまう。この再会場面は、戦後に不良品回収を生業にしていた健太郎が慌てて店をたたんで途中退場した第15週第74回以来の再登場だ。
忘れた頃にひょいと再登場して画面は一気に華やぐ。辛島健太郎は本作には必要不可欠な存在なのだが、忘れがたい名場面がいくつもある。メイコとの関係性の端緒になった意味で特筆すべきなのが、グッと遡って第7週第32回。けんかをしたのぶと嵩を仲直りさせるために健太郎が一役買う場面である。
最初に伴奏してくれた海辺のギター弾き

第92回ではのど自慢に出場する練習のため、喫茶店の常連客・いせたくや(大森元貴)のピアノ伴奏で「東京ブギウギ」を歌う。ちょっとした歌唱のポイント指導があったりするのだが、一番最初に伴奏してくれたのは、海辺のギター弾きに扮した健太郎だった。
演奏を終えた健太郎がメイコに「心が綺麗に洗われるようばい」と絶賛する。そう言われた瞬間、メイコは恋する乙女になった。ほてる頬をぱたぱた両手であおぐ。
先を歩く健太郎に追いついたメイコが並んで歩く浜辺のツーショットが何とも慎ましい情感を醸す。その情感を持続させるようにカメラがそっと二人の背後から長回しで追う動きもいい。
ピンぼけのツーショットに浮き立つ高橋文哉
この海辺の名場面を前半部のハイライト、メモリアルとして、本作は戦中を駆け抜ける。戦後の第15週で上述したように健太郎は嵩とともに生計を立てた店をたたみ、健太郎とメイコの発展途上の恋の行方は一度棚上げになっていた。そこで第92回の再会場面。今度こそ成就するんだろうなという空気感。健太郎はメイコの恋慕にまるで気付いていないが、きっと温かく受け止めてはくれるだろう。二人が蜜月関係になる告白場面はどう描かれたか。
第93回、蘭子に促されてメイコはやっと気持ちを伝える。
階段を駆け上がるメイコ。追う健太郎。階段上でもう一度ツーショットになる。画面奥にいる健太郎はピンぼけ。「メイコちゃん……、ごめん」の「ごめん」を発する瞬間ぎりぎりまでためてためてやっとピントが合う。
そういえば、第14週第67回で雑誌を読む嵩を後ろで見つめる健太郎も印象的なピンぼけ画面で写っていた。今度はしっかりピントが合う階段上の告白場面だが、ピンぼけのツーショットに浮き立つ高橋文哉の魅力というものがあると思う。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。