イモガイ科の貝の猛毒が糖尿病の新たな治療法につながる

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 この地球上には毒をもつ生き物は数多く存在するが、海にいるイモガイ科もそのひとつだ。刺されるとその猛毒で人間を死に至らしめることもある。

 あまりお近づきになりたくない相手だが、毒と薬は表裏一体だ。使い方次第では、その毒がホルモン障害や糖尿病の新たな治療薬になるかもしれないという。

 インド太平洋のサンゴ礁域に広く分布するイモガイ科の「アンボイナガイ」に血糖値やホルモン値を調節できる物質が含まれていることが米ユタ大学の新たな研究で判明したのだ。

猛毒を持つ貝、イモガイ科

 イモガイはイモガイ科の巻貝の総称で、その仲間は500種類以上もいる。舌のような歯舌(しぜつ)という器官に神経毒があり、獲物に突き刺して麻痺させ捕食する。日本では房総半島から南に広く分布している。

 イモガイ科の毒素は、血糖値やホルモン濃度を調節するヒトの体内にあるホルモン、ソマトスタチンによく似たコンソマチンpG1が含まれている。

 これをうまく利用すれば、糖尿病やホルモン障害の患者のために優れた治療薬が開発できるかもしれない。

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イモガイは毒素を連携させ獲物の血糖値を低下させ気絶させる

 今回研究に使用されたのは、インド太平洋に広く分布する、イモガイ科の中でも大型の「アンボイナガイ」だ。

 日本近海にも生息しており、沖縄県ではハブガイと呼ばれている。この貝は口内に猛毒を注入する毒針を隠し持ち、刺毒による死者や重症者が多いことで知られる。

 毒性の強さはインドコブラの37倍と言われるうえに血清もないため、刺された場合は一刻も早く心臓に近い所を紐などで縛って毒を吸い出し、ただちに医療機関を受診するよう呼びかけらている。

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 「イモガイはまさに優れた化学者だと言えます」本研究の筆頭著者であるユタ大学のホー・ヤン・イェン氏は言う。

 コンソマチンは、イモガイの毒素に含まれるインスリンに似た別の毒素と連携して、獲物の血糖値を急激に低下させて意識不明にさせる。

 「毒をもつ生物というものは、進化の課程で獲物の特定の標的を攻撃して破壊するよう、毒の成分を微調整してきました」ユタ大学のヘレナ・サファビ氏は語る。

毒の混合物から個々の成分を取り出して、それが正常な生理機能をどのように阻害するのかを観察してみると、その経路が病気と非常に深く関連していることが多いのがわかります。

医療品化学者にとって、これはちょっとした近道になりえます(ヘレナ・サファビ氏)

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イモガイの毒素ならより精密で効果的な治療薬となりえる

 ソマトスタチンは、人体の多くのプロセスにおいてブレーキのような役目を果たし、血糖値やホルモンレベルの異常な上昇を防ぐ。

 イモガイの毒ではコンソマチンが同じような役割を担っていて、このインシュリン系毒素が注入されることによって獲物の血糖値が下がり、その後回復するのを妨げているという。

 つまり狙った獲物を気を失ったままにさせる時間が長くなるというわけだ。

 だが、ソマトスタチンがヒトの細胞内の複数の異なるタンパク質に作用するのと違って、コンソマチンはたったひとつのタンパク質だけをターゲットにするため、より微細なレベルで血糖値を標的にできるのではないかという。

 実際、コンソマチンは、現在使われている成長ホルモンを調整するための合成薬よりも、より正確にターゲットを絞ることができるようだ。

 さらにコンソマチンは、分解されにくい珍しいアミノ酸を含んでいるため、ソマトスタチンよりも人体内でその効果が長持ちするという。

 コンソマチンそのものは単独で薬にするには危険すぎるが、その構造はヒトのホルモンレベルに影響を与えるよう設計された新薬のへの足がかりとなる可能性がある。

 この貝の毒素成分の多くが血糖値を標的にしているという事実は、もしかするとほかの毒素成分も糖尿病治療に有効かもしれないことを示している。

この貝の毒素の中には、インスリンやソマトスタチンに似た毒素成分だけでなく、ブドウ糖を調整する特性をもつほかの毒素も含まれているかもしれないのです(ヘレナ・サファビ氏)

 この研究は『Nature Communications』誌(2024年8月20日付)に掲載された。

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