
「タキオン」は、光速を超えて移動する仮説上の粒子で、これまで実際に観測された例はなく、現代物理学の「問題児」とされていた。
これまでタキオンは、特殊相対性理論に適合しないとされ、その存在が否定されていたが、過去と未来が混ざり合うことで、存在が許容できるものとなるそうだ。
これは単なる数学上の話にとどまるものではない。
ワルシャワ大学をはじめとする研究チームによると、このタキオン理論は実際に物質の形成における「自発的対称性の破れ」を理解するうえで、欠かせない要素なのだという。
光速を超える仮想粒子「タキオン」が存在しないと言われる理由
この宇宙では、光速を超える速度は不可能とされている。ところが「タキオン」という仮説上の粒子は、光速を超えるとされる(なお、その名はギリシャ語で「速い」を意味する「タキス」にちなむ)。
このように特殊相対性理論のルールに背いているタキオンは、いわば現代物理学の「問題児」であり、現実には存在しないと考える科学者も多い。
量子論的には、主に次の3つの理由からタキオンの存在は疑わしいとされる。
- タキオン場の基底状態(もっともエネルギーが低い状態)が不安定で、そのせいで”雪崩”を引き起こす。
- 慣性系の観測者(静止あるいは等速直線運動をしている観測者)の動きの変化が、その参照系で観測されるタキオン粒子の数を変化させる。走っている電車の中にある物体の数を、電車の中で数えても、電車の外で数えても同じはずだ。
- タキオンのエネルギーが負の値を取る可能性がある。
タキオンは過去と未来を融合させることで理解できる存在に
ワルシャワ大学(ポーランド)をはじめとする研究チームによるなら、実はこうしたタキオンの問題には共通の原因があるのだという。
それはタキオンの振る舞いを理解するには、それを解く際の条件(境界条件)に最初の状態だけでなく、最終的な状態も含めねばならないということだ。
もう少し言うと、タキオンの量子的なプロセスを計算するには、”過去”における最初の状態だけでなく、”未来”における最終的な状態をも把握しておく必要がある。
つまり未来が過去に影響するのである。
このことを理論に取り入れると、先ほどの挙げたタキオンの問題がどれも解消され、この粒子が数学的に一貫性のあるものになる。
過去と未来が混ざり合った新しいタイプの「量子もつれ」
研究チームの中心人物アンジェイ・ドラガン氏がニュースリリースで説明したところによると、物理学において、未来が現在に影響を与えるという考え方は、一般的ではないにしても新しいものではないのだという。
今回の研究では、タキオンを存在できるものにするために「状態空間」を拡張する必要があり、その結果は上々だった。
この状態空間の拡張は、粒子理論をさらに進化させるかもしれない。
それによって、過去と未来が混ざり合った新しいタイプの「量子もつれ」の存在が予測されるからだ。
過去と未来が混ざり合うと言われると、タキオンはただの数学上の存在なのではないかと思えてくる。
だが研究チームによれば、タキオンは実際に物質の形成における「自発的対称性の破れ」(対称性のある物理系でも、エネルギー的に最も安定な状態では対称性がなくなること)に不可欠な要素なのだという。
もしこの仮説が正しいのだとすれば、ヒッグス場の励起は、対称性が自発的に破れる前に、真空中を光を超える速さで移動できただろうと考えられるのだそうだ。
この研究は『Physical Review D』(2024年7月9日付)に掲載された。