やめて、まだ死んでない!脳死判定された男性、臓器摘出手術の寸前に意識を取り戻す
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  自分が臓器提供の同意者で、脳死と判定され、さらに適合する移植希望者に臓器移植の手術が行われることになったとしよう。

 その手術が正に行われようとした瞬間、意識を取り戻したら? 誰かが自分の身体を切り開き、臓器を摘出する場面に出くわすことになる。

 「やめてくれ、自分はまだ生きている!」

 実はこんな状況で、間一髪、危機を免れた男性がいた。彼は手術室で心臓を摘出される寸前に意識を取り戻したのだ。

脳死判定を受け、心臓の摘出が行われることになった男性

 アメリカのケンタッキー州リッチモンド在住の「TJ」ことアンソニー・トーマス・フーバー・ジュニアさん(36)は、2021年10月21日、薬物の過剰摂取で心停止に陥り、地元のバプティスト・ヘルス・リッチモンド病院へと緊急搬送された。

 医師らはTJさんを脳死状態と判定し、本人が以前臓器提供の意思を示していたことから、29日に心臓の摘出手術を行うことを決定した。

 アメリカでは、臓器提供のため手術室に運ばれる脳死患者を、スタッフや家族が通路で見送る「Honor Walk(名誉の行進)」という儀式が行われる。

 TJ さんの場合もこの儀式が行われた。両脇に並ぶ病院関係者らに見送られつつ、手術室の前で家族と最後の別れが行われた。

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 彼の姉妹のドナさんは、この時TJさんが目を開けて周りを見回すようなしぐさをしたのに気づき、医療スタッフに指摘したが、「よくある反射です」の一言で片づけられたという。

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摘出寸前、手術台の上で意識を取り戻し泣き始めた!

 だが、手術室に入り、心臓カテーテルの処置を行っている最中に、TJさんは完全に意識を取り戻した。

 今回の件で内部告発を行った、元ケンタッキー臓器提供協会(KODA)のニコレッタ・マーテ​​ィンさんの証言によると、その時の状況は以下のようだったという。

彼はこの日の朝、カテーテル検査中に目を覚ましました。そして手術台の上で暴れ回っていたのです。

誰にとっても最悪の悪夢ですよね? 誰かが自分の身体を切り開いて、臓器を摘出しようとしている最中に意識が戻るなんて。本当に恐ろしいことです

 現場は混乱に陥り、執刀するはずだった医師は手術の続行を拒否した。

 その際、KODAは別の医師に手術を代わるよう依頼した(後にKODAはこれを否定している)が、その医師にも拒否され、摘出手術の継続を断念した。

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 手術室にいたKODA職員のナターシャ・ミラーさんも、その時の様子をこう語っている。

TJさんを一目見た瞬間、何かがおかしいと思いました。彼はまったく亡くなっているようには見えなかったからです。

手術台の上で、彼は動き、のたうち回っていました。近づくと、彼の目から涙があふれているのが見えました。彼は泣いていたんです!

退院しリハビリを続けるうちに身体の機能を取り戻していく

 TJさんはその後完全に意識を取り戻し、蘇生したことが確認された。

 彼は直ちに病室へ戻され、脳死判定から約1か月後の11月19日には退院して自宅へ帰ることができたのだ。

 退院当日、家に戻ったTJさんの様子。

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 その後彼はリハビリを続け、目覚ましい回復を見せた。3か月後には「メリー・クリスマス」と「新年おめでとう!」のメッセージを、TikTokのフォロワーに発信するほどになった。

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 そして彼は再び自分の手で、食べたり飲んだりすることを学び始めた。自分の足で歩けるようになり、会話もスムーズにできるようになった。

 退院して1年後には、洗い物やゴミ捨てといった簡単な家事をこなせるようになり、かつて脳死に陥った人物とは思えないほど。

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 脳死判定から2年後の2024年10月の映像では、自分の足で段差に上ったり、障害物を越えるなどの歩行訓練にチャレンジしているようだ。

 現在、TJさんはドナさんと一緒に生活しながらリハビリを続けている。だが、そもそもの原因が薬物の過剰摂取だったこともあり、まだ記憶や言語、運動能力には継続的な問題も。時には発作を起こして入院することもあるという。

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内部告発が行われ調査が始まった

 2024年9月、先述のニコレッタさんがこの件について、下院のエネルギー・商業委員会に書簡を提出。連邦政府機関による正式な調査が開始された。

 これにより、当時の詳細を知ることになったドナさんら家族は、KODAへの不信感を露わにし、TJさんの退院から3年間の様子をTikTok[https://www.tiktok.com/@ladonnarhorer]で公開。

脳死だと言われたのに、彼はその後目を覚ましました。その事実から、私はKODAに裏切られたと感じています。

彼らは神を演じようとしています。彼らは誰を選んで、誰を助けるかを「選んで」いるんです。人間への信頼が少し失われた気がします

 前述の「Honor Walk」の際、ドナさんはビデオ撮影を止めるようスタッフに促されたという。

それはTJさんに生存の兆候が表れたからに違いないと、ドナさんは信じているそうだ。

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脳死判定と臓器移植への懸念が膨らむ結果に

 確かに臓器移植で救われる人は多い。2022年には、アメリカ全体で46,000件以上の臓器移植が行われたそうだ。

 だが現在、移植を望み待機リストに名を連ねる患者の数は、常時10万人を超えているそうだ。

 アメリカの臓器提供団体協会会長のドリー・ディリス氏はこう語る。

臓器提供が進められている時、ドナーは実際には死亡しているということを、皆さんに信じていただきたい。このプロセスは神聖なものなのです

 今回のようなケースは極めてまれだとはいえ、実際に起こったとなると、このメッセージを素直に信じられる人はどのくらいいるだろうか。

 TJさん以外にも、一度脳死の宣告を受けた後で、実際には生きていたというケースは複数発生しているのだ。

 例えば2022年8月に脳死と判定されたノースカロライナ州の牧師、ライアン・マーロウさん[https://www.facebook.com/p/Ryans-Recovery-100086038675856/]の場合も、臓器摘出手術の前日になって、「脳死ではなく昏睡状態」と判定が覆されることになった。彼もその後意識を取り戻し、現在も闘病中だ。

脳死判定の条件とは?

 脳死判定のプロセスは、厳格に行われているはずだ。TJさんの場合も忠実に行われたという。

 日本の場合、法的な脳死判定の検査項目は以下の通り。

なお、この検査は、該当する臓器移植に関係のない、必要な知識と経験を持つ2人以上の医師によって行わなければならない。

  • 深昏睡(深いこん睡状態にあること)
    • 顔面に刺激を与え、脳幹や大脳が痛みに反応しないことを確認
  • 瞳孔の散大・固定
    • 瞳孔に光を当て、瞳孔の直径が4mm以上で、外からの刺激に対して変化がないことを確認
  • 脳幹反射の消失
    • 喉に異物を入れても咳が出ない(咳反射の消失)
    • 喉の奥を刺激しても嘔吐反応がない(咽頭反射の消失)
    • 瞳孔に光を当てても小さくならない(対光反射の消失)
    • 角膜を綿で刺激しても瞬きしない(角膜反射の消失)
    • 顔を左右に動かしても眼球が動かない(眼球頭反射の消失)
    • 顔面に痛みを与えても瞳孔が広がらない(毛様脊髄反射の消失)
  • 脳波が平たんであること
  • 自発呼吸の停止
    • 人工呼吸器を一定時間外して経過を観察
  • 6時間以上経過した後で再度上記の検査を行い、結果が同じであること

 もちろん、脳死状態と似たような状況を作り出す別の要因もあるため、この判定は極めて厳格に、慎重に行われなければならないのは当然だ。

 TJさんの臓器提供を進めていたKODAは、内部告発を受け、9月に以下のような声明を出したそうだ。

臓器提供のための定められた期間内に患者の容態が改善したり、心停止に至らなかったりした場合は、家族に臓器提供ができない旨を伝え、患者は引き続き病院での治療を受けます。本件でもまさにこの通りのことが行われました

 TJさんの件は、現在も調査が継続されているという。

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References: Kentucky Man Declared Brain Dead Wakes Up Moments Before Organ Harvesting[https://www.zmescience.com/medicine/kentucky-man-declared-brain-dead-wakes-up-moments-before-organ-harvesting/]

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