60年の謎がついに解明。茶トラ猫のもつオレンジ色の特別な遺伝子の正体が明らかに
茶トラ猫は海外ではジンジャーキャットと呼ばれている image credit:unsplash

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 茶トラ猫のオレンジ色の毛並み、三毛猫の毛並みのユニークさ、サビ猫の味わい深い風合い、みんな違ってみんな惹かれるものがある。だが、その色が60年以上科学者を悩ませてきたと言ったら驚くだろうか?

 彼らの毛皮を彩るオレンジ風の茶色はどのように作られるのか、これはネコ遺伝学における長年の謎だった。

その色を作り出していると思われる遺伝子が見つからなかったのだ。

 だがこのほど、日本と米国の研究チームがそれぞれ独自にその答えに辿り着いたそうだ。

 それによると、茶トラの猫にはとある重要な遺伝子のそばに欠損が見られるのだという。それは毛色だけでなく性別にも関係しているという。

なぜ三毛猫やサビ猫はメスばかりなのか?

 三毛猫やサビ猫は、猫好きだけでなく、科学者たちをも魅了してきた。

 このタイプの猫は黒猫と茶色(オレンジ)猫から生まれてくる。だが、そんな子が生まれてきたら性別は一目でわかる。ほとんどがメスなのだ。

 それはいったいなぜなのか? その秘密は、毛を茶色や黒色にする遺伝子変異が「X染色体」にあることと関係する。

 オスはX染色体を両親の片方からしか受け継がない。だから性染色体はXYで、X染色体にある毛色の遺伝子を1つしか持たない。ゆえに黒猫と茶色猫の両親から生まれるオスは単色になる。

 一方、メスは両親それぞれからX染色体を受け継ぐ。

性染色体はXXで、毛色の遺伝子を2つ持つ。

 だが、その両方が働く必要はないので、細胞はどちらかの染色体をランダムに選び、そのスイッチを切ってしまう。これを「X染色体不活性化」という。

 その結果、生まれてくる子猫の毛色は、皮膚の各部分でどちらの染色体が選ばれたかによって変わる。

 だから、黒と茶色が混ざったサビ猫になるのだ。そこに白が混ざる三毛猫の場合、このプロセスにまた別の遺伝子が関与している。

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猫の茶色はどこからきたの?ネコ遺伝学の謎

 だが今回のテーマは、そもそもその茶色がどうやって作られているかだ。

 人間をはじめ、ほとんどの哺乳類において、赤毛は「Mc1r」という細胞の表面にあるタンパク質の変異に起因している。

 このタンパク質の働き次第で、色素を作る「色素細胞(メラノサイト)」が暗い色素を作るか、それとも明るい赤黄色の色素を作るか決まるのだ。

もし遺伝子の変異によってMc1rタンパク質の働きが弱まれば、色素細胞は明るい色素ばかり作る、つまり赤毛になる。

 ところが、このMc1rタンパク質で猫の茶色を説明することはできない。

 なぜなら、このタンパク質の情報を持つ遺伝子がX染色体にないうえに、ほとんどの茶トラ猫にMc1rタンパク質の変異が見当たらないからだ。

 ならば猫の茶色はどこから来たのか? これが猫の遺伝学における長年の謎だったのだ。

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Arhgap36遺伝子の近くにあるDNAの欠損が原因だった

 だがこの謎もこのほどついに解決された。しかも2つの研究チームが独自にほぼ同じ答えに辿り着いている。

 1つは、スタンフォード大学の遺伝学者グレッグ・バーシュ氏らだ。

 彼らは茶色とそれ以外の色の猫の胎児から皮膚のサンプルを集め、色素細胞が作り出すRNAの量を測定。この量をもとに、個々の皮膚細胞でどの遺伝子のスイッチが入っているのか確かめてみた。

 その結果、茶トラ猫では「Arhgap36遺伝子」が13倍ものRNAを作っていることがわかったのだ。

 この遺伝子はX染色体にある。それゆえに、この遺伝子こそ茶色の素であると考えられた。

 意外なことに、茶トラ猫のArhgap36遺伝子の配列を調べてみても、特に変わったところは見当たらなかった。

 だがその代わり、その近くのDNAの一部が欠けていたのである。

 どうもこの欠損は、Arhgap36遺伝子から作られるタンパク質のアミノ酸には影響しないが、細胞がどれだけそれを作るのか左右しているらしい。

 この発見を確認するために、バーシュ氏らが猫ゲノムのデータベースを参照したところ、茶トラ・三毛・サビいずれの猫にもまったく同じ欠損が見つかったという。

 もう1つの研究は、九州大学の遺伝学者、佐々木裕之氏らによるものだ。

 こちらの研究は、日本で集められた野良・ペットの猫24匹ならびに世界で集めれらた猫258匹のゲノムを調べたもので、先ほどと同じ遺伝子の欠失が確認されている。

 さらに三毛猫の茶色の部分にArhgap36 RNAがたくさん存在すること、Arhgap36遺伝子がX染色体不活性化されること、色素細胞内のArhgap36を増やすとMC1rタンパク質に関わらず赤色色素を作るための分子経路が活性化することなどが明らかなっている。

 こうしたことはいずれも、Arhgap36遺伝子のそばにあったDNAの欠損が猫のオレンジ風の茶色を作り出していることを示している。

 ちなみにArhgap36遺伝子は、胚が発生するうえで重要な役割を果たしている。そのため、ここに大きな変異が発生すれば、全身の機能に影響し、おそらくその動物は生きられないと考えられるそうだ。

 ところがどんな奇跡が起きたのか、猫に生じた欠損は、色素細胞内にあるArhgap36遺伝子だけにしか影響しない。

 おかげでこの変異がある猫は、健康でいられるだけでなく、いっそう可愛らしいのである。

 2本の研究の未査読版は『biorXiv』で閲覧できる(スタンフォード大学のものはこちら[https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.11.21.624608v1.full.pdf]、九州大学のものはこちら[https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.11.19.624036v1.full.pdf])。

References: Gene behind orange fur in cats found at last | Science | AAAS[https://www.science.org/content/article/gene-behind-orange-fur-cats-found-last]

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