
歳をとると体の衰えを感じることが多いが、脳はどうなのだろう?物忘れがひどくなったと感じるのは本当に脳の老化のせい、それとも老化のせいにしている?
いったいいつ頃から脳の老化は始まるのだろうか?もちろん個人差はあるだろうが、アメリカの研究チームが答えを導き出した。
約1万9300人以上の脳のスキャンデータとテスト結果を分析したところ、脳の老化が顕著に現れ始めるのは平均で44歳からであることが判明した。
だが安心して欲しい。今回の研究では脳の老化を効果的に予防できるかもしれない方法も紹介されている。
脳はS字曲線で衰える
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校をはじめとする研究チームは、1万9300人分以上の脳スキャンデータを分析して、脳のネットワーク機能を調べた。
その結果明らかになったのは、意外な脳の老化パターンだ。
脳の老化というと、高齢者になって急激に衰えるといったイメージや、年齢が上がるにつれて同じ割合で段々と衰えるといったイメージがあるかもしれない。
だが今回判明したのは、脳の老化がS字を描くにようにして進行するということだ。最初の老化の兆候は44歳ごろに現れる。
そして、ここから67歳までにかけて老化が加速していく。だが、それをすぎると老化は徐々に遅くなり90歳までには安定するようになる。
脳の老化を引き起こす主な原因
ではなぜ、脳はS字曲線を描いて衰えるのだろうか?
研究チームのリリアン・R・ムジカ=パロディ教授は、ニュースリリース[https://news.stonybrook.edu/university/research-reveals-critical-midlife-window-for-preventing-age-related-brain-decline/]で「神経細胞の飢え」が関係していると説明する。
代謝・血管・炎症のバイオマーカーを詳しく調べてみると、血管や炎症が変化する前に、まず代謝が変化するのである。
研究によると、脳の老化を促す主要な要因の一つは神経細胞のインスリン抵抗性だった。これは、加齢とともに脳がインスリンに対する反応を弱め、ブドウ糖をうまくエネルギーとして取り込めなくなる現象だ。
結果として、神経細胞のエネルギー供給が不足し、脳の信号伝達に支障が出る。
さらに、遺伝子解析によって、ブドウ糖を細胞に取り込むタンパク質「GLUT4」や、脂肪を運搬する「APOE」の活動が、脳の老化の兆候と密接に関連していることも確認された。
特にAPOEは、アルツハイマー病との関連が強いことでも知られている。
脳の老化を遅らせるカギはケトン体
では脳の老化を予防する方法はないのだろうか?研究チームが提唱する新たな予防策が「ケトン体」である。
ケトン体とは、糖質ではなく脂肪が分解される際に生成される脳の代謝エネルギーであり、インスリンがうまく働かなくても利用可能な、いわば「脳の非常用燃料」である。
今回行われた遺伝子解析により、「MCT2(モノカルボン酸トランスポーター2)」というタンパク質が、ケトン体を効率的に取り込むための輸送体であることを発見した。
タンパク質はインスリンの働きによって活性化するが、MCT2の場合、インスリンに頼らずケトン体を補給することができるため、脳の老化を抑制できる可能性があることが分かった。
脳の老化予防は40代からはじめる必要がある
ただし、脳の老化予防にはタイミングが大切なこともわかっている。
すでに述べたように脳の老化は40代半ばごろから始まり、60代後半にかけて加速していく。もし脳の機能を維持したいのなら、老化が加速する前に予防するのが望ましい。
老化が進行しすぎた段階では、エネルギー不足が他の生理的な問題を引き起こし、回復が難しくなる可能性が高いのだ。
ムジカ=パロディ教授らが被験者にケトン体を投与して、それが脳に与える作用を観察したところ、一番効果的だったのは脳ネットワークが不安定化し始める中年期(40~59歳)だったことがわかった。
その一方、ネットワークの不安定化が最高潮に達する高齢者(60~79歳)では、ケトン体の効果があまり発揮されなかった。
ムジカ=パロディ教授は、「40代の脳はエネルギー不足で苦しんでいるが、まだ修復可能な状態にある。適切なエネルギー補給を行えば、神経細胞の機能を回復させることができる」と述べている。
一般に、認知症は65歳以上になるとぐっと発症しやすくなる。その頃になれば誰しも脳を衰えを実感し、何かいい予防法はないものかと、食事を見直したり、サプリを始めてみたりする。
今回の研究では、ケトン体によって脳の老化を防げる可能性が示唆されている。だが、最大の効果を上げるには、認知症状が現れるずっと前、40代で始めねばならない。
ムジカ=パロディ教授は、脳内のインスリン抵抗性が増えていることを中年の段階で診断し、きちんとした処置を施せば、大勢の人々の脳の老化を大幅に抑えることができるかもしれないと伝えている。
この研究は『PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2416433122]』(2025年3月3日付)に掲載された。
追記:(2025/03/14)タイトルを一部訂正しました。
References: Research Reveals Critical ‘Midlife Window’ for Preventing Age-Related Brain Decline - SBU News[https://news.stonybrook.edu/university/research-reveals-critical-midlife-window-for-preventing-age-related-brain-decline/] / Pnas.org[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2416433122]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。