
車が行き交う道路、様々な人工物、人間が居住地域は、本来なら野生動物にとって危険な環境だ。だが近年、その環境に適応し、驚くべき知恵を見せる生き物たちの姿が次々と報告されている。
車を使ってクルミを割るカラスや、ゴミ箱を器用に開けて食べ物を漁るアライグマなどに加わり、驚くべき知恵と工夫で狩りの成功確率を上げる鳥が現れたのだ。
アメリカのニュージャージー州ウェストオレンジで、信号機を狩りに利用するクーパーハイタカという猛禽類の姿が確認された。
このタカはなんと、信号機の音を合図に獲物を狩るという、高度に学習された行動を見せたのだ。
この研究は『Frontiers in Ethology[https://doi.org/10.3389/fetho.2025.1539103]』(2025年5月23日付)誌に掲載された。
歩行者用信号を利用して獲物を狩るタカ
テネシー大学ノックスビル校心理学部の動物行動学者ウラジミール・ディネッツ博士は、2021年12月のある朝、娘を学校に送っていく途中で、1羽のクーパーハイタカの行動に興味を引かれた。
交差点近くの小さな木に止まっていたクーパーハイタカが、歩行者用の信号音が鳴るのと同時に飛び立ち、信号待ちで停止した車列のすぐ上を低空飛行で通過していったのである。
そのままタカは急旋回すると、車の間を横切って、一軒の民家の庭へと急降下し、そこにいた何かに襲いかかった。
実はその家の住民は大家族で、よく庭で食事をとっていた。彼らがこぼしたパンくずなどの食べ残しが、野鳥たちを庭に集める誘因となり、庭にはスズメやムクドリなどが集まっていたのだ。
だが博士が興味を引かれたのは、単にそのタカが庭に集まる鳥たちを狙ったことではなかった。
クーパーハイタカは明らかに、歩行者用信号の音が鳴ることで車が停止し、通行が安全になるタイミングを学習しているように見えたのだ。
そしてその機会を利用して、車列の影に隠れながら近づき、庭の鳥たちの死角から襲いかかったのである。
博士はクーパーハイタカの行動に興味を引かれ、さらに観察を続けることに。
本当に興味深かったのは、私も理解するのに時間がかかったのですが、タカが攻撃するタイミングが、車の列が(タカのいる)木が隠れるほど長くなった時であり、それは誰かが横断歩道のボタンを押した後にしか起こらないのです。
歩行者用の信号の音が鳴り始めると、クーパーハイタカはどこからともなくその木に飛んで来て、車が列を作るのを待ち、それから攻撃を開始するのです
信号の音と車列の長さの因果関係を完全に理解
通常、この時間帯には道路は混雑しておらず、信号待ちをする車も少ない。車道側の赤信号は、何もなければ30秒ほど青に変わる。
だが誰かが歩行者用信号のボタンを押すと、視覚障がい者のための音が鳴り、車道の信号が赤になっている時間が30秒から90秒に伸び、信号待ちの車の列も長くなるのだ。
つまり、このタカは信号の音と車列の長さの関連性を理解していたのです。また、その場所の正確な位置関係も、頭の中でしっかり把握している必要があります。
なぜなら車の列がその木の位置に到達すると、タカには獲物のいる場所が見えなくなります。そして記憶だけでその場所へ飛んで行かなければなりません
最初の観察は、2021年12月5日から2022年3月3日までの午前7時30分から午前9時まで、18日間で計12時間にわたって実施された。
その結果、合計で6回の攻撃が確認された。博士の位置からは庭の様子が見えなかったため、その攻撃のうち何件が成功したかはわからなかった。
だが、タカがスズメを掴んで飛び去るシーンを一度、そして現場近くでハトを食べているシーンを一度目撃したので、最低でも2回は成功したものと思われる。
攻撃の後、庭に集まっていた鳥たちは散り散りとなり、同じ朝に再び戻ってくることはなかったという。
信号の音→車列が伸びる→攻撃!のルーティンを繰り返す
下の写真を見てもらおう。左上に交差点があり、歩行者用の信号はここに設置されている。
右下の11番の家の前にある木が、タカが攻撃前に身を潜めている場所で、中央上の2番の家がターゲットの鳥たちがいる場所だ。
信号で停まった車の列が8番の家の前に達すると、タカはおもむろに右下の木から飛び立って、1m未満の超低空飛行で車列の間をすり抜ける。
そして1番の家の前で90度右に曲がり、2番の家の庭で餌を食べている鳥たちに襲いかかるのだ。
2番の家の庭にいる鳥たちからは、8番の家の前まで並んだ車に阻まれて、低空飛行で近づいて来るタカの姿は見えない。
そしてクーパーハイタカは正確に2番の家の場所を覚えていて、1番の家の前で急旋回するのだ。
私は動物が人間の作った乗り物をどのように認識し、どのように人と関わるのかに興味をそそられました。
もちろん、最も一般的な関わりは動物が「ロードキル」で命を落とすことですが、それが全てではありません。
多くの動物は車を自分の利益のために利用することを学んでおり、鳥は特にそれが得意のようです
博士は2022~2023年の冬にも、同じ個体と思われるクーパーハイタカを2回ほど観察したという。
だが2023年の夏、この交差点の歩行者用信号が故障して鳴らなくなり、2番の家の住人は引っ越して庭に鳥たちが集まることもなくなった。
博士はそれ以降、この場所でクーパーハイタカの姿を見かけていないそうだ。
森林から都市部へ、新たな生息地への適応を果たす
クーパーハイタカは北米大陸に広く分布する中型のタカで、体長は約40cmほど。翼を広げると80cmほどになる。
鋭い嘴と強靭な脚、そして障害物の多い森林環境でも器用に飛行できる短く丸い翼を持つ。
主に小型の鳥類や哺乳類を捕食することから、その狩猟能力の高さはよく知られている。
彼らは主に森林地帯に生息しており、市街地など人間の生活圏には近づかないと考えられていた。だが現在では、都市部や郊外でも一般的に見られるようになったという。
もともとの適応性の高さはもちろんだが、都市部にはスズメやハトといった彼らの獲物となる生き物が豊富なことが、彼らの生息範囲の変化に現れているのかもしれない。
我々は都市を「自分たちの領域」と考えがちだが、都市もまた自然の一部であり、そこに適応した生き物たちが、人間と共存していく場になり得るのだろう。
タカの持つ知能にも注目
一般的に、カラスやオウムなど社会性の高い鳥類は、高い知能を持つことで知られている。
しかし今回の観察で、タカのように単独行動が多い種においても、都市環境という複雑なフィールドで適応的に学習する力があることが示された。
ここで述べた行動は、この種の知性の驚異的な成果であり、都市という異常で危険な環境にうまく生息できる能力を説明する上で大きな役割を果たしています。
この知性は、新しい環境で進化したというよりも、以前から存在していた可能性が高いでしょう
ディネッツ博士は最後にこう語っている。
クーパーハイタカは都市での生活にうまく適応した、猛禽類の中では比較的数少ない種です。
都市はどんな鳥にとっても困難で非常に危険な生息地ですが、特に生きた獲物を専門とする大型猛禽類にとってはなおさらです。
窓や車、電線、その他数え切れないほどの危険を避けながら、毎日何か獲物を捕まえなければなりません。
私はこの観察結果から、クーパーハイタカはその賢さによって、少なくとも部分的には都市部で生き残り、繁栄しているのだと思います。
ちなみに、ニューヨークの歩行者用信号はこんな感じ。仕様は場所ごとに異なるため、ウェストオレンジのものがどんな音だったのかはわからないが、日本のように耳に心地好い音とかはあまり考慮されていないみたいだ。
References: Street smarts: how a hawk learned to use traffic signals to hunt more successfully[https://www.eurekalert.org/news-releases/1083299]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。