
アメリカ・カリフォルニア州の壮麗な自然を抱くヨセミテ国立公園。この世界遺産でもある名所に、かつては当たり前にいた在来種のブチイシガメが、数十年ぶりに復活の兆しを見せている。
彼らの激減の原因でもあった外来種のウシガエルが駆逐されたことにより、カメの幼体が食べられずに成長するようになり、生息数の増加につながったのだ。
ウシガエルの導入で激減したブチイシガメ
ブチイシガメは、もともとアメリカ西部の淡水域に生息する固有種で、ヌマガメの仲間である。
甲長は15~20cm程度で、のんびりとした性格が特徴だ。古くからヨセミテ渓谷の池や小川に生息し、その生態系の一部として長らく共存していた。
だが、20世紀中頃に事態は一変する。1950年代に、主に食用目的で東部から持ち込まれたウシガエルが、カリフォルニア各地に定着し始めたのだ。
ウシガエルは体長11~18cmになる大型のカエルで、「口に入るモノは何でも食べる」と言われるくらい、驚くほどの大食漢だ。
彼らはカリフォルニアにやって来ると、同じカエルや昆虫、小魚だけでなく、小鳥やブチイシガメの幼体までもを食べまくった。
下はウシガエルのオタマジャクシとブチイシガメの子ども。オタマジャクシでもこのサイズ感。成体なら子どものカメは一飲みである。
ウシガエルが世界的に最も深刻な外来種のひとつである理由は、口に入るものなら何でも食べてしまうからです。
彼らは移入された世界中のあらゆる場所で、在来種の減少を引き起こしてきました
カリフォルニア大学デービス校の野生動物・魚類・保全生物学部教授、ブライアン・トッド氏はこう説明する。
さらに人間による乱獲もあり、ブチイシガメの個体数は激減した。ウシガエルがその要因である可能性は示唆されていたが、確定的な証拠はまだなかったのだ。
外来種の問題に取り組む研究チーム
この外来種問題に本格的に取り組んだのは、同大学の博士課程で学ぶ、シドニー・ウッドラフさんを中心とした研究チームである。
シドニーさんたちは、ウシガエルの駆除がブチイシガメの復活につながるのか、あるいはその減少はもっと多面的な理由によるものなのかについて研究を開始。その結果は、生物学誌「Biological Conservation[https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320725001272]」5月号に掲載された。
シドニーさんのチームはヨセミテ国立公園内で、2016年から7年間にわたる調査を開始。ターゲットとして選んだのは、ウシガエルが生息する場所としない場所、それぞれ2か所ずつの計4か所だ。
彼らは各調査地点でウシガエルとブチイシガメの生態を記録しながら、ウシガエルの存在が在来のカメの個体数に及ぼす影響を調査し、並行してウシガエルの駆除も行っていった。
その方法は極めて地味で、根気の必要な作業だった。彼らはウシガエルの産卵期に合わせて徒歩で公園内を歩き回り、公園内の池をくまなくチェック。産卵された卵塊を手で取り除き、天日干しして乾燥させた。
成体のウシガエルは、水辺に仕かけた罠で捕獲して安楽死させる。ウシガエルは夜間に活発に行動するため、夜の見回りも欠かせなかったという。
シドニーさんの論文の共著書でもあるトッド教授は、次のように語っている。
カリフォルニア州全体で、在来種の淡水性のカメはブチイシガメ1種しかいません。もしブチイシガメがいなくなれば、本来ここに生息しているはずの淡水性のカメがいなくなってしまいます。ブチイシガメは、私たちの自然遺産の一部なのです
ウシガエルの駆除が進むうちに亀に復活の兆し
こうした地道な駆除と調査を進めるうちに、少しずつウシガエルとブチイシガメの因果関係がわかって来た。ウシガエルがいない場所では、ブチイシガメの個体数は2~100倍も多かったのである。
捕獲したウシガエルを解剖してみると、その胃からはカメの幼体をはじめ、イモリや蛇、小鳥、げっ歯類などの小動物も発見された。
ウシガエルが生息している地域では、子どものカメはほとんど見つからず、ウシガエルの口に入らないほど大きい、年老いたブチイシガメだけが生き残っていたという。
調査と駆除が進み、ウシガエルがほぼ絶滅した2019年。研究チームはウシガエルが生息していたエリアにある池で、初めて幼いブチイシガメの幼体が泳いでいるのを確認した。
シドニーさんは調査の成果について、喜びと達成感を露わにしている。
ウシガエルの生息数が減少するにつれ、他の在来種のカエルの鳴き声が聞こえはじめ、在来種のサンショウウオが歩き回るのを見かけるようになりました。
これらの場所に戻って、以前は聞こえなかった在来種のカエルの鳴き声を再び聞けるのは、本当に素晴らしいことです
成功の裏にあるのは「地道な努力」
今回のブチイシガメの復活の裏にあったのは、現地のスタッフや研究者の執念に近い努力の積み重ねだった。自分の足で山道を歩き、手作業でウシガエルを捕獲することの繰り返しだったのだ。
私たちの研究は、ウシガエルの駆除と在来のカメ類への影響の長期的なモニタリングに、相当な時間、労力、そして献身が必要であることを浮き彫りにしています。
ウシガエルの個体数の回復を防ぎ、ブチイシガメやその他の在来種を回復させるためには、残存するウシガエルの継続的な駆除が不可欠です。
日本でもウシガエルはかつて食用として移入され、逃げ出した個体が各地の池などに定着しており、日本の侵略的外来種ワースト100の中に選ばれている。
その他アライグマやミドリガメといった外来生物による在来種の圧迫は、我が国でも深刻な課題となっている。
外来種を「可愛いから」と安易にペットにし、「飼いきれないから」と安易に放逐する勝手な人間はいつの時代も後を絶たない。
ブチイシガメは日本でもペットとして流通しているが、彼らがもし日本の池などに捨てられて繁殖した場合、今度は彼らが侵略的外来種になってしまうのである。
シドニーさんたちは論文の最後をこう締めくくっている。
ウシガエルは、多くの在来淡水種の減少に関係していると考えられる、世界中に分布する外来種の一例です。
私たちの研究では、アメリカウシガエルの長期的存在が(カリフォルニア州)北西部のイシガメの個体数にどのような影響を与えたかを調査し、同時にこれらの影響を軽減することを目的としたウシガエルの標的駆除の有効性を評価しました。
外来種の駆除には大きな課題が伴いますが、本研究は、種の減少を食い止め、淡水生態系を回復させることがもたらす潜在的な利益を示しています
References: Native Turtles Return to Yosemite After Being Overrun by Invasive Bullfrogs from the East[https://www.goodnewsnetwork.org/native-turtles-return-to-yosemite-after-being-overrun-by-invasive-bullfrogs-from-the-east/] / Effects of invasive American bullfrogs and their removal on Northwestern pond turtles[https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320725001272]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。