
火星が今のように乾燥した惑星になったのはなぜか。その謎を解く手がかりが、NASAの火星探査機「MAVEN(メイヴン)」によって初めて直接観測された。
太陽風が火星の大気に衝突し、水飛沫のように原子を宇宙空間に吹き飛ばす「スパッタリング」現象がリアルタイムで捉えられたのだ。
この現象が本当に起きているという証明は、かつて厚い大気に包まれ水が豊富だったはずの火星が、現在の不毛な姿に変貌したプロセスを解明するうえで欠かせないものだ。
この研究は『Science Advances[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt1538]』(2025年5月28日付)に掲載された。
なぜ火星は大気と水を失ったのか?
火星に残されていた数々の証拠から、この赤い惑星はかつて地球のように水が豊富だったろうことが明らかになっている。
たとえば最近では、北半球にある広大な盆地「ユートピア平原」で大昔に存在した海岸線の痕跡が発見されている。
ならば今不毛の大地ばかりが広がっているのはなぜなのか? 研究者は、おそらく宇宙のどこかへと水が蒸発・散逸してしまったのだろうと考えている。
大昔、初期の火星をおおっていた磁場が失われると、太陽風や太陽嵐が大気に直撃するようになった。そのおかげで大気が剥ぎ取られ、やがて水は液体のまま安定して存在できなくなったのだ。
スパッタリング現象が関与している可能性
では、分厚かったはずの大気は、どのように剥ぎ取られのか? その答えとして有力なのが「スパッタリング」と呼ばれる現象だ。
これについて米国コロラド大学ボルダー校のシャノン・カリー氏は、「ちょうどプールに飛び込む砲弾のようなもの」と、NASAのブログ[https://science.nasa.gov/missions/maven/nasas-maven-makes-first-observation-of-atmospheric-sputtering-at-mars/]で説明する。
プールに砲弾が撃ち込まれれば飛沫が跳ね上がり、それを繰り返すうちに水は失われるだろう。
それと同じように、太陽風に乗ってやってくる高エネルギーの荷電粒子が大気に飛び込み、そこにある原子を弾き飛ばしてしまうのだ。その結果として、徐々に大気が薄くなってしまう。
これまでスパッタリング現象の間接的な証拠ならば確認されていた。
通常、軽い同位体ほど高いところに存在する。ところが火星の大気を調べてみると、軽いアルゴン同位体が意外なほど少ないのである。
このことは、スパッタリングによって軽い同位体が宇宙へ吹き飛ばされただろうことを示している。
カリー氏によれば、それは「焚き火から出るススを目撃」したようなものだという。だが研究者はもっと直接的に”炎”、すなわちスパッタリングそのものを観測したいと願っていた。
スパッタリングをリアルタイムで直接観測することに成功
その念願を叶えてくれたのが、NASAの火星探査機「MAVEN(メイヴン)」だ。
カリー氏らは、ここに搭載された3つの観測機(太陽風イオンアナライザー、磁力計、中性ガス・イオン質量分析計)で火星を観測し、太陽風の”飛沫”を示すリアルタイム地図を作成。
これを元にして、大気に突入したエネルギー粒子によって跳ね上がった高高度のアルゴンをリアルタイムで示すことに成功した。
それによると、スパッタリングが起きる頻度は従来の予測よりも4倍も高かったという。
しかも、その頻度は太陽嵐が起きればさらに増すだろうと考えられている。
これによって、火星の大気を剥ぎ取った主犯はスパッタリングだったことが裏付けられた。
その当時の太陽は現在よりもはるかに活発だったため、スパッタリングの影響はより大きかったと考えられるそうだ。
この発見は、液体の水が存在できたかつての火星の様子や、数十億年前の火星の居住可能性を知るうえで大切になヒントになるとのことだ。
References: First direct observations of atmospheric sputtering at Mars[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt1538] / NASA’s MAVEN Makes First Observation of Atmospheric Sputtering at Mars[https://science.nasa.gov/missions/maven/nasas-maven-makes-first-observation-of-atmospheric-sputtering-at-mars/]
本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者がより理解しやすいように情報を整理し、再構成しています。