
1980年代後半に発表された『攻殻機動隊』というSF作品では、意識をネットの世界にアップロードして、さまざまな事件を解決するという斬新なストーリーが描かれた。
それから40年近くが経過するが、意識のアップロードはまだ実現していない。
少なくとも、米国ジョージア工科大学の知覚の専門家であるドブロミル・ラフネフ氏は、いつか現実になると確信している。しかもその技術の恩恵を受ける人間はすでに生まれているかもしれないという。
以下では、ラフネフ氏による『The Conversation[https://theconversation.com/can-you-upload-a-human-mind-into-a-computer-a-neuroscientist-ponders-whats-possible-250764]』への寄稿をもとに、将来的に可能になるという、意識のアップロードの方法を見ていこう。
鍵となるのは五感の完全なシミュレーション
ラフネフ氏によれば、意識のアップロードの鍵となるのは、脳の働きをコンピューターでどこまでリアルにシミュレートできるかであるという。
私たちは意識や記憶を保ち、自分であるという感覚を持っている。またこの世界で食事・運転・スポーツなどさまざまなことを行なっている。
意識をコンピュータにアップロードするには、脳がそれを体験した時の働きを、仮想空間内でごく詳細に再現すればいいのだ。
だがこの宇宙でもっとも複雑な物体の1つである脳を、完璧に再現するのはそう簡単なことではない。
まず絶対必要なのは、生体の脳のように外部からの刺激を受け取る力、すなわちコンピュータ内にありながらも外界を感じられる力だ。
たとえ肉体のないデジタルの存在となっても、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚といった感覚や感情といった何千もの感覚や機能が再現されねばならない。
なぜなら、人は純粋な精神状態だけでは存在できないと考えられるからだ。
暗闇に閉じ込めたり、周囲の音を完全に遮断したりと、感覚を奪うことは、人間にとって拷問にも等しい苦痛となる。さらに喉の渇き・空腹・痛み・かゆみといった、体の情報をうまく感知できない人は、心に問題を抱えることが多い。
だから意識をアップロードして、それをきちんと機能させるには、そうした内外の感覚を現実と遜色ないレベルで再現せねばならない。
さもなければ、せっかくデジタル世界の住人となっても、どれほど深刻な精神的ダメージが生じるかわかったものではない。
脳の完全スキャンには途方もないハードルがある
現在時点で、そのような精密なシミュレーションを行えるコンピュータは存在しないし、そのための方法もわからない。
だがラフネフ氏によると、その実現へ向けた第一歩は、MRIのような装置で人間の脳の3次元構造全体をスキャンし、マッピングすることであるという。
そうした試みはハエの全脳やマウスでようやく始まったばかりだ。それでも数十年後には人間の脳全体をマッピングできるようになるかもしれない。
だが860億個もの神経細胞と、数兆におよぶ結合をすべて記録したとしても、まだ足りない。なぜなら神経細胞は常に機能を変化させており、それもモデル化する必要があるからだ。
また、アプロードされた脳を脳として機能させるために、どのレベルまで再現すればいいのかもわからない。
分子レベルで十分なのか? その答えは今のところない。
意識を再現するもう一つの道:合成神経細胞での置き換え
世界中の脳科学者がその機能の解明に勤しんでいるが、それが意識のアップロードの手助けになる可能性はある。
脳の本質的な情報処理の方法がわかれば、忠実に再現せねばならない部分と、省略していい部分の区別ができるようになるからだ。
ラフネフ氏はこれを車を例に挙げて説明する。車の機能を知らない人がスキャンだけで同じものを作ろうとすれば、困難極まりないが、各パーツがどのように働くのかわかっていれば、作業はずっと楽になるだろう。
いずれにせよ、そのためには無数の神経細胞がどうやって意識を作り出しているのかという、根本的な謎を解明する必要があるが、そのための道のりはまだまだ長い。
それとは別のアプローチとして、860億個の神経細胞を人工的に作られた合成神経細胞(人工ニューロン)で置き換えるという方法もあるという。
このやり方なら意識のアップロードはずっと簡単になるが、残念なことに今の時点で、たった1つの神経細胞ですら人工神経細胞に置き換えることに成功した者はいない。
200年以内には実現か?
技術的な困難ばかりを指摘してきたが、ラフネフ氏はいいこともあると述べている。それは、意識のアップロードに関連する研究が潤沢な資金を利用できることだという。
永遠の命を手にいれるために、有り余るお金を投じる億万長者は世界にたくさんいるのだ。
またイーロン・マスク氏のニューラリンクのように、技術の進歩は極めて速い。それゆえに、今後数十年でコンピュータの計算能力や人工知能の類は飛躍的に進歩するだろうとラフネフ氏は予測する。
では、すべてが上手くいって、意識のアップロードが実現するのはいつ頃のことになるだろうか?
これについては、今からたった20年後(つまり2045年)や今世紀中など諸説あるという。だがラフロフ氏自身は、そうした予測はあまりにも楽観的すぎると考えている。
彼の感覚では、今後100年以内に実現したら驚きだろうという。だが200年以内になら十分可能性はある。
つまりデジタルの存在となって永遠に生きる最初の1人は、すでに生まれているかもしれないということだ。
References: Can you upload a human mind into a computer? A neuroscientist ponders what’s possible[https://theconversation.com/can-you-upload-a-human-mind-into-a-computer-a-neuroscientist-ponders-whats-possible-250764]
本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。