
人気スパイ映画シリーズ『ミッション:インポッシブル』では、主人公に指令を伝えたデバイスは証拠を残さぬよう自動的に消滅してしまう。
アメリカ、ニューヨーク州立大学の研究者は、それを実現するべく、20年にわたり「消失型電子機器」を研究してきた。
彼らの最新の研究では、最大の難関とされるバッテリーの問題を解決するために意外なものが採用されている。
それはあなたのお腹の中にもいる、乳酸菌やビフィズス菌など、人の腸内環境を整え健康を助ける善玉菌「プロバイオティクス」だ。
“自爆する装置”が現実に?キーワードは「消える電子機器」
ニューヨーク州立大学ビンガムトン大学のソクフン・ショーン・チェ教授らが取り組んでいる消失型電子機器は、スパイ向けというよりも、今のところ医療や環境分野を念頭に置いたものだ。
人体内や環境などに設置された電子機器が、自然に分解されるような技術の確立を目指している。
そのときに課題となるのが、いかにしてバッテリーを安全に分解するか、だ。
リチウムイオン電池をはじめとする多くのバッテリーは、有毒な物質を含んでいる。たとえ自然に消失したとしても、人体や環境に毒物を残すのでは安心して使うことができない。
そこで彼らが着目したのが細菌だ。
チェ教授の研究室に所属していた学生が考案した「溶解性微生物燃料電池(dissolvable microbial fuel cell)」は、発電する習性がある細菌を利用していた。
その細菌は、バイオセーフティレベル1に分類されるもので、病原体としての危険度はもっとも低いものだった。
それでもこのアイデアを発表するたびに、「本当に安全なのか?」とさまざまな人たちから質問が投げかけられたという
プロバイオティクスで発電することに成功
そこで今回その代替案として採用されたのが、外部から摂取することで健康効果をもたらす生きた善玉菌(微生物)の「プロバイオティクス」[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B9]である。
ビフィズス菌や納豆菌などの細菌は、人体に有害どころか体に良い。そんなヘルシーな細菌を溶けるバッテリーに使うことにしたのだ。
だが問題は、プロバイオティクスの中に発電能力を持つものがいるか不明だったことだ。
最初は落胆ばかりだったという、それでも諦めなかったというチェ教授。
試行錯誤の末どうにか開発されたのが、ポリマーとナノ粒子で作られた細菌が快適に暮らせる電極だ。
その表面は荒い多孔質構造で、善玉菌が付着・成長しやすい。そのおかげで、善玉菌の電気触媒活動をアップしてくれる。
さらに溶ける紙に低pH感受性のポリマーをコーティングすることで、人間の消化器や汚染された場所のような酸性環境でだけ機能するように工夫が施された。
これは電圧と動作時間を改善する効果がある。
実用化はまだ先だが、実現する可能性はある
こうして作られたのが安全に消失するバッテリーだ。今のところ発電量はわずかで、どちかというとコンセプトの実証レベルの発明であるという。
しかし、チョイ教授はこの成果を「概念実証(proof of concept)」と位置づけており、今後のさらなる発展に意欲を示している。
たとえば、今回は複数の善玉菌が用いられたが、それぞれにどれだけの発電能力があるのか? あるいは菌同士の相乗効果でどれだけ発電力がアップするのか? こうした疑問は今後の課題となる。
また、現在は1つのユニットとして動作するが、複数の電池を直列や並列に接続することで、出力を増加させる方法も研究中だという。
この研究は『Small[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202502633]』(2025年3月26日付)に掲載された。
References: Dissolvable Probiotic‐Powered Biobatteries: A Safe and Biocompatible Energy Solution for Transient Applications - Rezaie - 2025 - Small - Wiley Online Library[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202502633] / Researchers develop dissolvable battery using probiotics[https://www.eurekalert.org/news-releases/1086540]
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。