
食べ物の匂いが食欲に与える影響はよく知られている。ドイツの研究チームは、マウスを使った実験で、食事の前に匂いを嗅ぐことで脳が満腹感を覚える神経経路を発見した。
ただし、この効果は平均体重以下のマウスに限られ、太ったマウスではその神経回路が働かなかったという。
あくまでマウスの実験結果であって、これが人間にも当てはまるのかは不明だ。だが料理をしたらそれだけでお腹いっぱいになってしまったという経験は、同じようなメカニズムが関係しているのかもしれない。
この研究は『Nature Metabolism[https://www.nature.com/articles/s42255-025-01301-1]』誌(2025年6月11日付)に掲載された。
嗅覚が満腹感を左右する神経回路を発見
マックス・プランク代謝研究所のチームは、マウスの脳をスキャンして、脳が食べ物の匂いに対してどのように反応するのか調べた。
そして見つかったのが、食べ物の匂いを嗅ぐと活発になる神経細胞回路だ。それは「内側中隔」という領域にあり、匂いに対して2段階のプロセスで反応する。
まず第1段階では、マウスが食べ物の匂いを嗅ぐと、ほんの数秒で神経細胞が発火して、満腹感を生じさせる。
このような素早い反応は、この神経細胞ネットワークが匂いの情報を処理する「嗅球(きゅうきゅう)[https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%97%85%E7%90%83]」と呼ばれる領域に直接つながっているからだ。
また、この神経回路は食べ物の匂いにだけ反応する。
次の第2段階は、マウスが実際にエサを食べ始めたときに起こり、これによって神経細胞ネットワークの活動が抑えられる。
だが、すでに満腹感が得られているので、結果としてマウスが食べる量は全体的に少なくなる。
なお、このような仕組みが進化した理由は、食事時間を短くすることで、外敵に襲われ自分が食べられてしまう危険を防ぐためだろうと推測されている。
ただし太ったマウスは匂いから満腹感が得られない
面白いこと、こうした食べ物の匂いに対する反応は、太ったマウスでは見られなかった。
食べ物の匂いを嗅いでもお腹がいっぱいになることもなく、食事量が減るようなこともない。
研究チームによると、肥満が嗅覚系、とりわけ嗅球の働きを鈍くすることなら以前から知られていたという。
匂いによる満腹作用が太ったマウスで働かないのも、同じ理由である可能性があるという。
人間にも応用できるか?新たな肥満対策の可能性
なお、この実験結果はあくまでマウスで確認されたことだ。
人間の脳にも、マウスと同様の内側中隔の神経細胞群が存在している。ただし、これらの細胞が食べ物の匂いに対して同じように反応するかどうかはまだ確認されていない。
だが、料理をすると、食べてもいないのに食欲がなくなるという経験は、多くの人が味わっているのではないだろうか?
もしかしたら、こうした経験はマウスと同じようなプロセスが、私たちの脳内で起きているのかもしれない。
一部の研究では、特定の匂いを食前に嗅ぐことで食欲が抑えられることが示されており、逆に肥満の人では食欲が増す場合もある。
このことから、嗅覚と食欲の関係には個人差や体重による影響が大きく関与していると考えられる。
研究責任者のソフィー・ステクロールム博士は、体重に応じてやり方を調整する必要があると語っている。