
アメリカ北西部で、これまでウチダザリガニとされてきた個体の中に、まったく異なる2種のザリガニが含まれていたことが分かった。
これは、イリノイ大学の研究チームが数年かけて進めていた遺伝子解析により明らかになったもので、長年「見えていたのに気づかれなかった」存在だ。
しかもこの2種の新種は昔からこの地に生息していた在来種で、よそからやってきた地域的外来種(侵入種)に住処を奪われ、絶滅の危機にあるという。
この研究は『Zootaxa[https://doi.org/10.11646/zootaxa.5632.3.4]』誌(2025年5月8日)に掲載された。
危険な外来種かと思いきや、じつは新種の在来種だった
北米大陸原産の「ウチダザリガニ」は、ほかの地域では長いこと外来種として目の敵にされてきたことで有名だ。
アメリカでは、白い斑点をもつはさみを振り上げる動作が、信号 (シグナル) を送っている姿を連想することから、「シグナル・クレイフィッシュ」と呼ばれている。
日本では100年ほど前に政府が食用として持ち込んだが、攻撃性が高く、在来のニホンザリガニを駆逐し、魚や植物にも深刻な食害を与えている。
なお和名の「ウチダ」は、国内に住み着いた個体の特定に貢献した北海道大学の内田亨教授にちなむ。
イリノイ大学の研究チームは、本来の生息地であるアメリカ北西部の水域でウチダザリガニの研究を行っていた。
するととこれまでウチダザリガニだと思われていたものの中に、異なるザリガニが2種含まれていることがわかった。実はこれらは新種だったのである。
ずっと存在していたのに気づかれかった2種の新種
2種の新種は、それぞれ「Okanagan Crayfish(オカナガンザリガニ/学名 Pacifastacus okanaganensis)」と「Misfortunate Crayfish(ミスフォーチュンザリガニ/学名 Pacifastacus malheurensis)」と名付けられた。
オカナガンザリガニは、カナダ・ブリティッシュコロンビア内陸部とワシントン州に生息。もう一方の新種のミスフォーチュンザリガニは、オレゴン州中部・東部の川や渓流に生息する。
新種として命名されるまでには数年がかりの分析が必要だったという。
最初のきっかけは、普通のウチダザリガニとはどこか違うタイプがいることに気づいたことだ。
その後、高度な遺伝子解析のほか、広範なフィールド調査や形態学的な分析などを組み合わせ、ついに別の種であることが突き止められた。
目の前にいたのにずっと勘違いされていた理由について、イリノイ大学のエリック・ラーソン准教授は、「ウチダザリガニは外来種としての研究が多く、まさかその原産地に別の種が隠れているとは思いもしなかったのです」と、ニュースリリース[https://aces.illinois.edu/news/two-new-crayfish-species-discovered-and-theyre-already-risk]で語っている。
外来種によって絶滅の危機に直面
嬉しい発見の一方で、気がかりなこともある。せっかく発見された新種はすでに絶滅の危機に直面している可能性があるという。
皮肉なことに、2種の新種はアメリカの他の地域から持ち込まれた、在来種だがこの地域では侵入種となる、ラスティザリガニ(Rusty Crayfish)[https://en.wikipedia.org/wiki/Rusty_crayfish]やバイリルザリガニ(Virile Crayfish)[https://en.wikipedia.org/wiki/Faxonius_virilis]によって駆逐されつつある。
イリノイ大学のエリック・ラーソン准教授によれば、「たった1匹の侵入でも、生態系が連鎖的に壊れることがある」という。
駆除も難しく、広がるほどに新種の生き残る場所は狭められていく。
在来種を守るためにできること
こうした侵入は、多くの場合、人の手によって引き起こされている。
釣り餌として使うために持ち込まれたザリガニを放流したり、養殖目的で意図的に放されたりすることがある。
また、学校での教材として使ったザリガニを授業後に近くの川に放したり、家庭で飼っていたものを川に放してしまうといった、無自覚な行為も大きな要因だ。
だが、その先にどんな影響があるのかを深く考える人は少ない。
ラーソン准教授は、今回の新種発表がそうした意識を変えるきっかけになってほしいと考えている。「まずその存在が周知されること。
新種のひとつに名付けられた「ミスフォーチュンザリガニ(Misfortunate Crayfish)」という名前には、その危機的な状況が込められている。
「misfortunate(ミスフォーチュン)」は英語で「不運な」「運の悪い」といった意味を持つ言葉だ。
このザリガニが新種として認識されたときには、すでにその多くの生息域が他の侵入種によって奪われていた。
「科学的に存在が認められたときには、すでに不運が起きていた。その事実にちなんで、こう名付けました」とラーソン氏は説明する。
“ミスフォーチュン(不運)”という名が、未来には“ラッキー”と呼ばれるようになるかどうかは、今後の私たちの行動にかかっている。
新たに認識された在来種をどう守るのか。その選択肢は、まだ私たちの手の中にある。
References: Two new crayfish species discovered — and they’re already at risk | College of Agricultural, Consumer & Environmental Sciences | Illinois[https://aces.illinois.edu/news/two-new-crayfish-species-discovered-and-theyre-already-risk]
本記事は、海外の記事を参考にし、日本の読者向けに独自の考察を加えて再構成しています。