
2025年6月19日、1頭のメスのベンガルトラが、インドのラージャスターン州にあるランタンボール国立公園で14年の生涯を終えた。
彼女の名は「アローヘッド」。
アローヘッドが幼いころからその姿を見つめ続けてきた写真家サチン・ライ氏は、亡くなる2日前、最期の歩みをカメラに収めた。
天に旅立つ2日前、最期に歩く姿を撮影
長年にわたりアローヘッドの写真を撮り続けてきた写真家のサチン・ライ[https://www.sachinrai.com/]氏は、彼女の死が確認された2025年6月19日、自身のInstagramに1本の映像を投稿し、彼女への哀悼の意を表した。
6月17日の夕刻、私は伝説の「アローヘッド」が、パダム・タラブ湖の岸辺で、最期に歩いている姿を目撃しました。そこは彼女は長年、優雅さと力強さを持って君臨していた場所でした。
病に蝕まれた身体で、必死に立ち上ろうとし、数歩を踏み出してはまた静かに横たわる。その一つ一つの動きに、彼女の気高さを感じました。
10歩歩くだけでも大変なことだったでしょう。ようやく彼女は木にたどり着き、その下に横たわりました。その瞬間、私は心の底で、終わりが近いことを悟りました
アローヘッドが子供の頃から見守ってきました。彼女が、母の縄張りを継ぎ、オスと戦い、我が子を育み、たくましく生き抜いてきた年月が胸をよぎります。
私は彼女が最期まで生を全うした証として、その姿をカメラに収めました。
アローヘッド、どうか安らかに
彼が撮影した映像には、痩せ細り衰弱したアローヘッドが、一歩一歩大地の感触を確かめるように歩みを進める様子がとらえられていた。
この動画を見た視聴者からは、誇り高い「女王」の最期の歩みに、たくさんの追悼の声が寄せられた。
- 本当に優雅で、しなやかな歩み。この最期の瞬間でさえも、彼女の強さを象徴しているようだ
- 森の女王が苦しんでいる姿を見るのは心が痛みます。今は安らかに眠ってください
- 女王にふさわしい永遠の安息が得られますように
- 彼女のお腹は凹み肋骨は浮き出ているけど、尊厳は損なわれてはいない。弱々しい体格でも、女王は誇り高く歩いている
- 彼女はランタンボールの野生の魂の象徴だった。雄大で恐れを知らず、忘れられない存在だったよ
- 見てくれよ、彼女はまだとても美しい
- 彼女の物語を共有してくれてありがとう。この映像はとても力強く、そして悲しいね
- 幸運なことに、私はまだこの地に君臨していた頃の彼女に会うことができました。何とも素晴らしい光景でした。今は胸が張り裂ける思いです
誇り高い「女王」の系譜
アローヘッドは、かつて「ランタンボールの女王」と呼ばれた「マチャリ(T-16)」というメスのトラの直系の子孫であり、マチャリの娘である母クリシュナ(T-19)の跡を継ぎ、女王の座に君臨していた。
彼女はこれまでに4回の出産を経験しているが、1回目と3回目の子は亡くなっている。
2回目の出産で生まれたのがリッディ(T-124)とシッディ(T-125)で、この2頭はアローヘッドの次の女王の座をめぐって激しく争っていた。
実は2年以上前から、アローヘッドは進行性の骨肉腫と脳腫瘍を患っていることが確認されていた。
身体の弱ったアローヘッドは、結局は自身の娘であるリッディに女王の座を追われることとなったのだ。
だが気性の荒いリッディは、公園内の他のトラの子を手にかけたこともあったため、今後は別のベンガルトラ保護区へ移送されることが検討されているという。
サチンさんは2014年にアローヘッドが生まれた時から、彼女の生き様をカメラに収め続けてきたのだそうだ。
アローヘッドがまだ小さな子トラだった頃から、私はずっとその歩みを見守ってきました。幼い日々から、母親の縄張りを引き継ぐ力強いトラへと成長していく姿まで、彼女の人生のすべての章が、まさに「たくましさ」の証でした。
私は彼女が新しい雄と対峙し、今や優位に立つようになった娘のリッディをかわしながら、4番目の子を育てる様子を見守ってきました
そうして見つめ続けてきた「女王」の最期の歩みを自らカメラに収めたことで、サチンさんに熱い感情が込み上げてきた。
彼女がこんな姿になっているのを見るのは、本当に胸が張り裂ける思いでした。死にゆく動物を見るのは決して容易なことではありません。特に、10年以上も見守って来た相手であればなおさらです。
ベンガルトラの生息数の回復とともに新たな問題も
ベンガルトラは半世紀前には絶滅の危機に瀕していたが、手厚い保護政策により、現在ではその生息数がかなり回復してきている。
ランタンボール国立公園でもその個体数は増え続けているが、問題はこの公園内には個体数の増加に見合うだけの十分な広さがないという点だ。
また、公園内ではサファリ・ツアーが人気を博しており、トラたちは人間の存在に慣れてしまっている。そのため縄張り争いや人間への被害が増えており、公園関係者が頭を痛める事態となっていた。
そんな矢先の2025年4月から5月にかけて、アローヘッドの末娘のカンカティ(RBT–2507)が、2人の人間を相次いで襲い、死なせるという事件が起こった。
これを受けて、公園当局はカンカティを捕獲し、ランタンボールの南西にあるムクンドラ・トラ保護区に移送した。
アローヘッドの死は、カンカティがランタンボールを去ってからわずか数時間後のことだったという。
死の数日前にはワニを仕留めるシーンも
実はサチンさんが撮影した映像に先立つこと3日、6月14日の時点で、アローヘッドの驚くべき映像が撮影されていたことがわかった。
この日ランタンボールを訪れていたアニルド・ラクシュミパシーさんは、アローヘッドが湖畔でワニを襲っているシーンを目撃したのだ。
湖畔に着いたとき、これが彼女の「最期の歩み」なのかもしれないという不思議な感覚に襲われました。
彼女は弱々しく、動くのもやっとという状態でした。しかしその後に起こったことは、私たちを驚かせました。
私たちが見たのは、衰弱した身体にもかかわらず、ワニと対峙する彼女の並外れた粘り強さと気概だったのです
彼女の祖母マチャリも、「ワニ殺し」の異名をとる獰猛なメスのトラだった。最期まで生きることを諦めない姿に、アニルドさんは感動を禁じ得なかったという。
彼女が全身全霊でワニを引きずり出す姿は圧巻でした。あの記憶は永遠に私の心に焼き付くでしょう
ベンガルトラの寿命は、野生下ではおおよそ12~15年ほどと言われている。だが激しい縄張り争いや人間との衝突などが原因で、早く命を落とす個体も多い。
その一方で、餌や医療が充実している飼育下では、20年以上生きる個体もいるという。
アローヘッドは11歳4か月でこの世を去ったが、不治の病にかかっていたことを考えると、野生での寿命を全うしたと言えるかもしれない。
現在、アローヘッドの産んだ子供たちは、リッディ、シッディ、カンカティを含め6頭が生存している。
それぞれが子孫を残すことで、マチャリから繋がる系譜は、ラジャースターンの森に生き続けることだろう。
ランタンボール国立公園当局は、19日にアローヘッドの死を確認し、Instagramに追悼のメッセージを投稿した。
アローヘッドは単なるメスのトラを超えた存在でした。彼女は優美さ、強さ、そして母性の象徴だったのです。彼女の遺志は、その子どもたちを通じて、そしてすべての野生生物愛好家の心の中で、永遠に生き続けるでしょう。
安らかに眠ってください、アローヘッド。ジャングルは永遠に、あなたの咆哮を響かせ続けるでしょう
References: Ranthambore's tigress Arrowhead dies at 11: Nature photographer captures her final walk, video goes viral[https://www.indiatvnews.com/trending/news/ranthambore-s-tigress-arrowhead-dies-at-11-nature-photographer-captures-her-final-walk-video-goes-viral-2025-06-22-995744] / Ranthamborenationalpark[https://ranthamborenationalpark.org/t-84-arrow-head/]
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。