
オニテナガエビの性別操作 NexTser/iStock
イスラエルのネゲブ砂漠に囲まれた研究所の中では、青い足を持つエビたちが暮らしている。ここで飼育されているエビは、「オニテナガエビ(Macrobrachium rosenbergii)」という体長28cmほどの淡水産の大型種だ。
水槽の中にいるエビはいずれもメスばかり。
というのも、特殊な性別操作技術で生まれてきたからだ。
その技術は、いずれ世界中で持続可能なエビの養殖を可能にするかもしれないと期待されている。
【養殖が難しいオニテナガエビの性別を操作、すべてメスに】
オニテナガエビは、タイ、マレーシア、ベトナムなどでは養殖もされており、エサを与えればすぐに大きくなるという育てやすさがある一方、生息できる水温が26~30度と限られているために、他の地域での養殖普及は進んでいない。
またオスは縄張り意識が強く、狭い場所だとメスを巡って喧嘩をしてしまう。そのために、それなりに広い場所がないときちんと成長してくれないことも、養殖が広まらない要因だ。
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オニテナガエビ cowboy5437/iStock
そうした問題を解決したのが、イスラエルのアグロバイオベンチャー「Enzootic社」がネゲブ・ベン=グリオン大学と共同で開発した養殖技術だ。
その技術は、化学物質の投与も遺伝子操作も行わずに、エビの性別を操作してメスにすることができる。
メスは攻撃性が低く、大きさも均等であるために、密集した環境でもきちんと育ってくれる。そのために、従来は屋外の広いスペースでしか行えなかった養殖が、屋内の狭い水槽でも可能になり、コストは大幅に低減される。
【メスしか産まないスーパーメス】
エビの性別は、ホルモンを作る器官が染色体シグナルを読み取ることで決まる。これは、人間のX染色体とY染色体にも似ているのだが、少し違うのはエビの母親もまた子供の性別を左右することができるという点だ。
Enzootic社の技術は、この特徴を利用する。
まずはオスからホルモン生産器官を摘出し、これを個々の細胞にまで分解。それらの細胞を若いメスに注射すると、そのメスは本来の染色体とは無関係にオスとして成長する。
このオスのようなメスは、普通のメスと同じく子供を作ることができるのだが、その子供の中に不思議な能力を持つものがいる。それが「スーパーメス(super female)」と呼ばれる子供たちで、彼女らが産む子供は、染色体にかかわらず絶対にメスになるのだ。
スーパーメスは遺伝子を調べればすぐに見つけられるので、それを選別すれば簡単にメスだけを増やすことができる。
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NexTser/iStock
また同様の技術を応用すれば、オスだけを産むメスを作ることもできる。養殖では厄介者のように思えるオスだが、じつはメスのいない広いスペースでなら生産性を上げるのに役立つ。
そうした環境ならば、オス同士がメスを巡ってケンカをすることもなくなるので、その分のカロリーが成長に回るようになる。その結果、生産性が45%向上するうえに、アジアでは大きなエビが好まれることから販売価格は5、6割上がる。
エビの遺伝物質に手が加えられるわけではないので、いわゆる遺伝子組換え生物にまつわる懸念と無縁なのもメリットだ。
【エビが人間の住血吸虫症との戦いを助ける】
またこの技術は、「住血吸虫症」との戦いにも役立つかもしれない。
世界で2億人の患者がいるとされるこの病気は、慢性的に内蔵を痛める症状が特徴で、子供の場合、体や知能の発達に影響が出ることもある。
原因は淡水の巻貝に寄生する住血吸虫なのだが、エビは巻貝をよく食べてくれるために、寄生虫の抑制につながると考えられるのだ。
実際、最近の研究では、エビを利用することで感染者を減らし、その治療費を下げられると論じられている。
【環境に優しいエビ養殖】
さらに性別操作技術は、エビ養殖が環境に与える負荷を軽減することにもつながる。
アジアや東南アジアで行われている海水エビの養殖は、マングローブの湖沼が破壊される原因にもなっており、世界中から批判を浴びている。しかし屋内で養殖が可能になれば、こうした破壊を防ぐことができる。
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think4photop/iStock
どのような水産資源の養殖であっても、かなりの量の水を交換し続けることが必要だが、屋内のエビ養殖ならそうした水も大幅に節約できる。たとえばEnzootic社のシステムなら、日々水槽の水を1%だけ交換すればいい。
しかも排水として捨てられる水は、作物の灌漑(かんがい)にも使うことができる。これはイスラエルやアフリカのような太陽の恵みはあっても、水には乏しい地域にとってはとても大きなメリットだ。
こうした環境負荷の小ささは、批判があるゆえにこれまでエビ養殖に手を出しにくかった先進国からも注目されており、カナダやアメリカなどにはすでに商業的に経営されている屋内養殖施設が存在する。
Enzootic社は、エビだけでなく魚も含め、養殖の未来は集中的な屋内システムにあると考えており、その普及を可能にするのがメスだけを作る技術だと述べている。
【持続可能なエビ養殖へ向けた今後の課題】
現実には、淡水エビの養殖にはいくつか解決すべき課題もある。
そのうち最大の問題とされているのは、エビのエサとして利用されているペレットに、大量の魚肉と魚油が含まれていることだ。
その原料は、人間の食用とするには商業的な価値のない天然の魚だ。そのため、屋内養殖はいわゆるFIFO(給餌量に対する生産量)を改善するだろうが、雑魚の漁獲量は相変わらず持続可能なペースを上回ったままとなる。
Enzootic社もこの点を認識しており、大豆、昆虫、海藻、パルプなどを利用した代替エサの研究を行っているとのことだ。
こうした研究が実れば、いずれ完全に持続可能なエビ養殖が完成するかもしれない。そのとき、どれだけエビを食べようとも、それが環境破壊につながっているのではという罪悪感を抱かなくても済むようになる。
References:Can gender-bending Israeli superprawns help feed the world? | Ars Technica/ written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:エビの性別操作技術で養殖を完全に持続可能なものに(イスラエル) http://karapaia.com/archives/52291443.html
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