理論上は通れる。人間が通過できるワームホールの可能性を5次元宇宙理論で説明(米研究)

人間が通過できるワームホールの可能性 / Pixabay
 2点の時空をむすび、光速を超える移動を可能にするワームホールは、今のところSFの中の存在でしかない。そして少なくともこれまでは、一般相対性理論によって、実際に人間が安全に通行できるワームホールの存在は否定されてきた。


 しかし、プリンストン大学の研究者による最近の研究によれば、宇宙を5次元の視点からとらえた量子物理学の領域であれば理論上は実現可能なのだそうだ。
【時空の2点をむすぶワームホール】

 ワームホールの理論は、一般相対性理論に呼応する形で20世紀前半に登場した。

 最初に提唱したのは、ドイツの物理学者カール・シュヴァルツシルトである。彼はアインシュタインの場の方程式の解としてこれを考察し、その「シュヴァルツシルト解」はブラックホールの存在を裏付ける最初の理論的基礎にもなっている。

 ここから導き出されるのが、時空の異なる点をむすぶブラックホールで、これを「アインシュタイン=ローゼン橋」という——すなわちワームホールのことだ。

 ワームホールという名称は、その理論をジョン・アーチボルト・ホイーラーが1957年に、空間の2点をむすぶ3次元のチューブの穴として説明したことにちなんでいる。

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【ワームホールの通行に必要な負のエネルギー】

 このワームホールは、内部を通行してある点から別の点へ移動するにはあまりにも不安定で、すぐに崩壊してしまうと考えられている。

 だが、フアン・マルダセナ氏とアレクセイ・ミリーキン氏による『Humanly Traversable Wormholes』(8月15日付。arXivで閲覧可能)という論文によると、ある特殊な条件が整えば、ワームホールは通行可能なのだという――それは「負のエネルギー」だ。

 負のエネルギーは古典物理学では認められていないが、量子物理学の領域内ならば存在しうる。その格好の例が、量子場が閉じた環に沿って広がるときに負のエネルギーを作り出す「カシミール効果」という現象だ。

 粒子が平坦空間の1点に進入し、最初の地点から再出現することで環内を移動できるという事実は、「真空のエネルギー」が変更され、負になりうることを示唆している。
そして、この負のエネルギーの存在が安定したワームホールの存在を裏付けていると、両氏は主張する。

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【5次元宇宙理論から導かれる実用サイズのワームホール】

 こうしたワームホールは、素粒子物理学の標準モデルに組み込まれている物質を基礎として存在する。

 ただ唯一の問題は、あまりにも小さすぎて、ごく短い距離しかつなげないだろうことだ。人間にとって実用的なものであるためにはもっと大きくなければならないが、それを説明するには標準モデルの先の物理学が必要になる。

 論文によれば、それこそが「ランドール=サンドラム2モデル」や「5次元ワープ幾何学理論」として知られる、宇宙を5次元の視点からとらえた理論であるという。

 この理論はもともと素粒子物理学の「階層性問題」を解決するために考案されたものなのだが、一般に研究されているものよりもエネルギーが低く、重力を介してしか物質とむすびつかないために検出されない物理も記述することができる。

 同理論のアプローチは、既存の物理学に強く相互作用する質量のない場をたくさん追加するのにも似ており、そのために負のエネルギーを扱うこともできる。

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【ワームホールを通るとかえって遅くなる!?】

 こうして説明されるワームホールだが、それを利用するのもまた一苦労だ。

 たとえばマルダセナ氏とミリーキン氏によると、外側から見ると、ワームホールは電荷を帯びた中型ブラックホールに似ているという。

 そのために、宇宙船が通過するならその潮汐力によって破壊されないよう注意しなければならない。そこを通行しようとするなら、宇宙船には何か非常に大きなブースト因子が必要になるのだ。

 この問題をクリアできたとして、そもそもそれが近道なのかという疑問も残る。
というのも、ハーバード大学のダニエル・ジェファリス氏が、安定したワームホールがあったとしても、その内部を通行するには、普通の宇宙を移動する以上に時間がかかるだろうと意見を述べているからだ。

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【移動する本人には一瞬。燃料も不要】

一方、マルダセナ氏とミリーキン氏は、移動者の視点から見れば、ワームホールの通過はほぼ一瞬だと主張する。

 一般相対性理論と矛盾しないように考えるのならば、外から観察する者の目には、その時間はずっと長く感じられるだろう。

 しかし、光速に匹敵する速度で移動する本人は時間の歪み(たとえば時間の遅れ)を経験する。1万光年(天の川の10分の1)を移動したとしたら、それを観察する人間には1万年に感じられても、移動する本人は1秒にしか感じられないはずだ。

 もう1つのメリットは、ワームホールの通行に燃料の類はいらないことだ。そんなものに頼らずとも、ワームホールの重力が宇宙船を加減速してくれる。パイロットはただ機体の位置を正しくしておけば、あとはワームホールの潮汐力が運んでくれるのだ。

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【それでも厄介で危険なワームホール】

 いいことばかりではない。マルダセナ氏とミリーキン氏は、このワームホールの欠点も指摘する。

 まず最初に挙げられるのは、通行可能なワームホールを作り出すために、負の質量を利用せねばならないことだ。


 これは少なくとも理論上は可能だが、そのための時空の設定を事前に突き止めておく必要がある。しかも、この作業に必要となる質量とサイズはあまりにも大きすぎて、今私たちに予見できる科学技術の範疇を超えてしまっている。

 またワームホールが安全であるためには、この宇宙が冷たく平らでなければならないらしいが、5次元ワープ幾何学理論ではそう予測していない。

 そして何より、ワームホールに進入する物体の加速は、この宇宙にあまねく存在している宇宙背景放射ですら危険なものに変えてしまうほどのものだ。

【不可能でないなら、いつかは――】

 なお、今回の研究の目的は、「一般相対性と量子力学のかすかな相互作用」の結果としてワームホールが存在しうるということを示すことだったそうだ。

 この目的に成功していたのだとしても、今考えられる方法によって、ワームホールが実用的な代物になることは考えにくそうだ。

 それでも、SFには絶対不可欠なこの仕掛けが、きちんとした可能性の範囲内にあるということが分かっただけでも、ワクワクするのではないだろうか。絶対に不可能な代物ではないなら、いつか遠い未来に実現することだってあるだろう。

Humanly traversable wormholes
https://arxiv.org/pdf/2008.06618.pdf

References:universetoday/ written by hiroching / edited by parumo

記事全文はこちら:理論上は通れる。人間が通過できるワームホールの可能性を5次元宇宙理論で説明(米研究) http://karapaia.com/archives/52294293.html
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