
指が麻痺したピアニスト、20年ぶりにピアノを弾く image credit:maestrojoaocarlosmartins
「バッハに愛された奏者」として、少年時代から神童と呼ばれるほど天才的な才能を開花させ、ピアニストとして活躍してきたブラジル人ジョアン・カルロス・マルティンスさんだが、彼の人生は波乱万丈に満ちていた。
病と度重なる不運な事故によって彼の両指はどんどん動かなくなっていった。
不屈の精神で乗り越えてきたものの、去年、惜しまれながら音楽活動を引退した。
しかし、彼の才能を惜しんだ人物により「魔法の手袋」が提供されたことで、マルティンスさんはおよそ20年ぶりにピアノを両指で弾くことができたのだ。
マルティンスさんは両手で力強くバッハを演奏する様子がSNSでシェアされると、多くの人の感動の涙を誘った。『New York Post』などが伝えている。
【ピアノで才能を開花させたジョアン・カルロス・マルティンス】
1940年にサンパウロで生まれたジョアン・カルロス・マルティンスさんは、病弱だったものの、かつて音楽家を目指していた父親の英才教育によって、ピアノの才能が開花した。
8歳の時から始めたピアノは、翌年にはブラジルで開催されたバッハ協会主催のコンクールで優勝するほどの腕前となり、ブラジルでは13歳からプロのピアニストとして活躍を始めた。
その後、有名な音楽祭や海外での演奏が増え、マルティンスさんの名は“バッハ奏者”として世界中で知られるところとなった。
しかし、1965年にニューヨークでスポーツ中に腕の神経を損傷してしまう。さらに神経変性疾患であることが判明した。
また、後にブルガリアでのツアー中に強盗に金属パイプで頭を殴られるという悲劇にも見舞われ、マルティンスさんの人生は波乱万丈に満ちたものとなった。
【指の自由を奪われても不屈の精神でピアノを奏で続けた】
ピアノを演奏することは、マルティンスさんにとっての生きがいだったが、指が動かなくなってしまった。
2000年以降は、主に指揮者として活動していたが、ピアニストでいることを諦められず、実に24回もの指の手術を受けながら、右手においては数本の指だけを使いピアノを奏で続けて来た。
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しかし、最後の手術時にはおそらくピアニストとしての活動がこれ以上は困難ということに本人も周りも気付いていたようだ。
2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの開会式では、マルティンスさんは右手の指1本と左手だけでゆっくりとブラジル国家を演奏。
そして去年3月、ついに音楽活動を引退した。
【「魔法の手袋」で20年ぶりに両指でのピアノ演奏が叶う】
工業デザイナー、ウビラータ・ビサロ・コスタさんは、マルティンスさんの引退を惜しみ、彼の演奏を再び聞きたいと切に思った。
そこで、バイオニック技術を利用した手袋を作ることを思い立ったのだ。コスタさんはサンパウロにある町のコンサートにやって来たマルティンスさんに近付き、手袋を作りたいと申し出た。
その後、数か月かけてプロトタイプをテストされた手袋は、去年12月にようやく完成した。
費用はわずか約500レアル(約9340円)。手袋は、合成ゴム「ネオプレン」で覆われており、ピアノの鍵盤を押した直後に、カーボンファイバーの板が指を上に突き上げる仕組みとなっている。
この技術によって、マルティンスさんは10本の指のうち9本を使って、およそ20年ぶりに両指でピアノを演奏することができた。
ブラジルのメディアでは、「クリスマス前に新しいおもちゃを手に入れた少年のように、彼は喜んでピアノを弾いた」とこの1件を報じている。
事実、マルティンスさんの喜びは大きく、自宅近くのバーに急行し、就寝中もその手袋を外さないほどだそうだ。
【インスタグラムで動画がシェアされると感動を呼ぶ】
両指を使ってピアノを弾いたのは1998年以来というマルティンスさんのバッハを弾く動画が、自身のインスタグラムでシェアされると、たちまち拡散した。
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両指の鍵盤への感触を味わうように、ゆっくりとピアノを弾くマルティンスさんがこの日披露したのは、アレサンドロ・マルチェロのオーボエ協奏曲をバッハが編曲したという曲だ。
「魔法の手袋」と報じられているこの手袋で、再びピアニストとして復活したマルティンスさんは、今月ニューヨークのカーネギーホールで60周年を祝うコンサートを開催する予定となっている。
現在は、手袋をはめて早朝や深夜に練習しているというマルティンスさんは、両指で再びピアノを奏でることができた喜びをこのように語っている。
これで、完全に問題が解決したというわけではありませんし、昔のように演奏スピードを取り戻せるかどうかもわかりません。
ただ、ピアノをまともに弾くことができなかった時の私は、体は生きていても心が死んでいました。
今は、8歳のビギナーのように1から練習し、やり直しています。
これまで、過去50年間にわたり100を超えるガジェットをいろんな方から受け取りましたが、どれもうまく機能しなかったり、長続きできるものがありませんでした。この魔法の手袋は、私に目標と希望を与えてくれました。
調子が戻るまでまだあと1,2年かかりそうですが、決して諦めずにやっていきたい。
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今年、80歳になるマルティンさんだが、不屈の精神はまだまだ健在だ。
ちなみに、マルティンさんのこれまでの半生を描いた映画『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』は、今年9月に日本でも公開されている。
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映画『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』本編映像(演奏シーン)
written by Scarlet / edited by parumo
記事全文はこちら:病と事故で両指が動かなくなったピアニスト、「魔法の手袋」で20年ぶりにピアノを弾く(ブラジル) http://karapaia.com/archives/52295197.html
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