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怪光線だのビームだの、目から何か発射する系の技はフィクション作品によく登場するが、ただ見つめるだけの視線にも何らかの威力があるのかもしれない。
首筋がなんだかゾクっとし、ふと振り返ると知らない人があなたのことを見ていた、なんて経験はないだろうか?こうした経験をすると、視線にはなんらかの物理的な力があるのではと感じてしまう。
自分が気づいていない視線はともかく、じっと見られているとはっきりわかる視線に関していえば、人間には他人の視線をまるで強力なビームであるかのように感じる精神構造があるという。
ちょっとしたアイコンタクトでさっと意思の疎通が図れるのは、この不思議な仕組みのおかげなのだそうだ。
【なぜ目でものを見ることができるのか?】
私たちが目でものを見ることができるのは、眼球に進入してきた光をとらえ、脳がそれを解釈するからだ。これは「内送理論」という考え方だ。
しかし、たとえば古代ギリシャは「外送理論」でそれを理解していた。つまり、視覚とは目から放たれる力であるという考えだ。哲学者のプラトンは目から何か出てると考えていた。直感的な捉え方で、子供なら素直にそう信じられるだろうし、大人になってもそう感じる人はいるだろう。
これは今日の考え方では間違った理屈だ。だが少なくとも脳の解釈的にはそれほど間違っていないようだ。
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【人が視線に物理的な力を感じているかどうかの実験】
『Scientific American』でこんな研究が紹介されている。それは『PNAS』に2018年に掲載された研究で、人間が視線に物理的な力を感じていることをユニークな方法で証明している。
実験内容はこうだ。コンピューターの画面に、横から見たテーブルと、その上にまっすぐ立ったペーパータオルの芯のような物体(チューブ)が映し出される。またテーブルの一番端には物体を見つめる顔(研究者はケビンと呼んでいる)がある。
チューブはキーボードで傾けることができる。この実験の参加者がやるべきことは、チューブをケビンの方へ傾け、ここまで傾ければそのまま倒れるだろうと思える角度を決めることだ。
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【人は無意識のうちに視線に力を感じてしまうことが判明】
この実験で分かったのは、倒れる角度はケビンが目隠しをしていたかどうかに影響されるということだ。ケビンが目隠しをしている場合、参加者が倒した角度が浅くなったのである。
つまり実験の参加者が、ケビンが目隠しをしないでチューブを見つめているときは、その視線によって押し返されるという印象を受けていたということだ。
2つ目の実験では、ケビンには目隠しではなく、チューブを見つめるか、まったく逆の方向を見つめるかしてもらい、その影響が確かめられた。するとやはり、ケビンがチューブを逆の方向を見つめているときは、倒すべき角度が浅くなった。
最後の実験では、ケビンにチューブか、その向こうにある反対側の壁を見つめてもらった。結果はこれまでと同様、やはり壁を見つめていると倒すべき角度は浅くなった。
なおこの実験の参加者を選ぶとき、候補者に外送理論について質問し、これが正しいと答えた人は除外されている。
つまり参加者は全員が、目からなんらかの力が放射されているなどとは考えていなかった。それにもかかわらず、無意識のうちに視線の影響を受けてしまったということになる。
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【視線を効率的に解釈するためのショートカット機能】
視線は、人と人とのコミュニケーションにおいて、大きな役割をになっている。言葉や身振り手振りなしで相手に意図を伝えることができるし、人がどこに注意を払っているのか察することだってできる。
視線を向けることで、相手の感情に影響を与えることもできる。だから、ある組織の中で誰が支配的な地位にあるのか推測できるし、視線を避けようとする人が受動的であることも分かる。
しかし、そのようなコミュニケーションを円滑に行うためには、多少誤解のリスクがあったとしても、視線に含まれた意図をさっと素早く解釈できなければならない。
今回の実験からうかがえるのは、視線をさっと効率的に処理するために、人間には自分では気がつかない認知機能のショートカットが備わっているということなのだそうだ。そのおかげで私たちは、視線がまるで物理世界に作用しているかのように感じられてしまう。
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【脳は視線を動きとして認識している】
このことを確かめるために、研究グループはfMRIで、視線を認識した脳がそれをどのように処理しているのか調べてみることにした。
こちらの実験では、参加者に動くドットか、木を見つめる顔の画像を見てもらい、そのときに脳のどの部位が活発に働いているのか観察された。
その結果によると、木を見つめる顔を見ているときは、他人の考えや意図の理解を担う領域にくわえて、視覚的な動きを処理する領域が活発になったという。ところが顔に目隠しをしてもらうと、そのような脳のシグナルは出なくなった。
このことは脳が、視線を動きとして認識しているということであるそうだ。
【視線にまつわる物語や神話】
視線の力にまつわる物語や神話はたくさんある。ギリシャ神話のメドゥーサは見つめた人間を石に変えてしまう恐ろしい怪物だ。
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古代ローマの学者、大プリニウスが記した『博物誌』では、目を見ると即死してしまうカトブレパスという危険な動物が紹介されている。こうした話は探せばいくらでも見つかるだろう。
このような物語や神話の数々は、もしかしたら私たちの直感的な視線の理解を反映したものなのかもしれない。目が見える仕組みとしては間違った理解かもしれないが、脳の解釈という視点から見れば、そう的外れな話ではないのだろう。
References:When Our Gaze Is a Physical Force - Scientific American/ written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:目からビームはあながち間違っていない?人は視線に物理的な作用があると認識している可能性 http://karapaia.com/archives/52298183.html
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